<   2012年 02月 ( 7 )   > この月の画像一覧

3人合わせて百四十歳誕生パーティ!? 
25日 白水~林道~メンノツラ登山口~メンノツラ谷~小松尾根~縦走路~九合目小屋泊
歩行距離7km 行動時間6時間 標高差+1448m -343m
26日 九合目小屋~祖母山~池ノ原手前下降点~メンノツラ出合~登山口~林道~白水
歩行距離7.5km 行動時間4時間 
しゅぷーるさん よっちゃん 山馬鹿さん そよかぜ

今回参加の私以外のメンバーは2月生まれでございます。3人合わせると140歳とか。私が加わると200歳に手が届きそう。笑 で、祖母で誕生パーティーをしようということになりました。
ところで、このしゅぷーるさんはテント泊で祖母山系・大崩山系を単独で歩き回っている強者。でも おみな であります。それにお年も20歳近く若い。お手柔らかにお願いしますよ~

さて、昨年メンノツラの取り付き点までは来たことがあります。その時はかなり増水していて、最初の渡渉個所が渡れそうになく・・・ また何故か気が乗らず・・・ パスしたのでした。そう、この 気が乗らない というのはかなり重要でありまして、何かがある ということなのでありますよ。ということで、私的には勇気を持っての参加であります。

今回は雨後でしたが、昨年のような轟々と唸りを上げている水流ではありませんでした。メンノツラはなかなか手強い登りで、迷いやすいと聞いたことがあります。確かに入って見ると所々不鮮明。
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よっちゃんも最初来た時には泣きそうになったとか~ 岩をよじったり巻いたり・・・ これは沢登りでしょう。笑
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足の長~いお方々は平気ですが、私は段差の大きなところでは先にザックをあげて、空荷で登る始末。
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でも、三段の滝の所にやってくるととってもきれい。
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滝も少し凍っていました、数日前だったらさぞかしねえ・・・ 苔も緑で美しい。
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やがてメンノツラの谷を外れて、小松尾根への登りです。ここがまた一難去ってまた一難。急登りのズルズルの道に悪戦苦闘。
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小松尾根に登りあがってほっと一息ですが、実はここから縦走路までがまた長い。急坂だし雪まで降りだすし。地面もだんだん凍ってきました。スズタケをわしづかみにして登ります。しかし、不用意に足を置いた時にスルッと滑ってしまいました。まるでウルトラマンの空飛ぶ格好のような滑り。顔でも着地~ イテテテ・・・ 「顔大丈夫?何ともない?お嫁にいけないよう~」と訴えると、なぜか答えが返ってこない・・・ いえ、怪我ではなく、後半部分に異常に反応していたようで・・・ 笑 ともあれ、面の皮(これがメンノツラの語源?笑)が厚いのも役にたったようで、顔は何ともなかったのですが、少しばかり足をひねったようでイテテテ・・・ の歩きになってしまいました。こういうことだったのでしょうかねえ。気が乗らないメンノツラの原因。
まあ縦走路までは割に近い場所だったので、なんとかゆっくり登りでたどり着きました。小屋も近いしボチボチね~
今宵の小屋は貸切状態。しかしまあ私以外の三人さんは飲み物に気合がはいっております。
ビール・黒ビール・ワイン・焼酎・ブランデー・・・ ここは酒屋か~!!
それにしゅぷーるさんご持参のステーキ。美味しかったよ~
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鳥のツミレ鍋・それに炊き立てのご飯も美味しくいただきました~ そうそう小屋番の加藤さんの加藤鍋もね。
そしていつものごとく、飲みつぶれた面々も私も早々に おやすみなさ~い

翌朝 日の出を見に行く予定でしたが、外はガス。さっさとあきらめて、鍋の残りで雑炊を作り食べましたが、これまた美味しい。さて、一夜過ごしてみるとあの痛かった足も平気だ~ 不思議。逆に鼻の横を押すと痛い。笑
ミルク色ではありますが、とりあえず祖母山に登ることにしました。外に出ると一面の霧氷&雪。きれい~
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山頂も寒々とした光景でした。
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山小屋に別れを告げ、縦走路を大障子の方に進みます。ここもまた素晴らしい霧氷。
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いいですねえ~
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どういうわけか、とげとげの霧氷もみられます。
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ヒメシャラの森も片側だけに雪が着いていて、不思議。
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ここら辺までは感動の連続でしたが、やっぱり最後のメンノツラ谷への下降は激下り。やれやれ・・・
最後の渡渉も無事に渡り、ほっと一安心。
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長い林道に嫌気がさしながら歩き続けました。
帰りは温泉と大分名物鳥天をいただきました。おいしかったよ~

今回のルート(よっちゃん提供)
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三人さん、ご心配かけてごめんね~
そしてありがとうございました。
そしてそして、お誕生日おめでとう!!



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by yamanosoyokaze | 2012-02-27 10:59 | 大分県の山
鶴は来るかな~
梅もようやくほころび、そろそろ鶴さんもとんでくるかなあ~
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と思って岩屋山に登ってみましたが、空振り~。
でも、たくさんの人で賑わっていましたよ。
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今年は会えるかなあ~
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by yamanosoyokaze | 2012-02-27 09:53 | 岩屋山
アチコチ走ってみたけど・・・ 
白木峠~十坊山 往復

本日は別の所に行く予定でしたが、路面凍結かもしれず~ ということで断念。
まず我が家から脱出できないかなあ~ と思いましたが、朝起きるとそんな気配もなく・・・

どこか行けるかも~ と言うことでうろうろしてみましたが、登山口までの林道はどこも雪で、ノーマルでは行けそうにありません。

で、結局雪のない道を選び十坊山(とんぼやま)へ。
雪も少しありました。

カメラ忘れで写真がありません。
忘れると、レポは簡単でいいねえ。笑




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by yamanosoyokaze | 2012-02-19 22:53 | 佐賀県の山
長崎街道を歩く③ 迷い道フラフラ でもがんばりました
岩松駅~大村宿~松原宿~千綿宿~彼杵宿~彼杵駅
歩行距離31km 行動時間8時間30分
ISさん そよかぜ

本来は昨日の予定だったのですが、あいにくの雨・・・ で、本日の街道歩きなりました。昔の旅人は、傘もささず、ゴアテックの雨具もなく、わら草履で雪でも雨でも日照りでも歩いて行ったかと思うと頭がさがります。しかし、軟弱現代人は即変更~

岩松駅まで列車で移動しますが思いのほか学生たちの利用が多く、新たな発見でもありました。さて~ 本日はISさんと二人で歩きます。どこまで歩けるかなあ~

先日街道からはずれた所まで戻って開始!さっそく何やら謂れのあるような祠が・・・
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なんか書いているけど、読めない・・・
水田に水が張ってあればきれいだろうなあ~ と思いながら歩きました。
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途中あちこち見ながら歩き野田神社までやってきました。なんか謂れのありそうな石がありますが、説明はなし。
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さて、ガイド本からコピーした地図を見ると、街道は野田神社の前から一直線に延びています。ということはこのりっぱな道路をしばらく歩けばいいんだね。
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と思い込んだのが間違いの元。歩きながら へ~ こんな所にあったんだあなあ~ この学校 とかなんとか感慨にふけりつつかなりの距離を歩きましたが、なんか様子が変・・・ それに地名もおかしい・・・ あるべきはずの史跡がない・・・ とにかく引返すことにしました。そして野田神社のそばまで帰ってきてわかりましたねえ・・・ 進行方向の車道右に野田神社はあるのですが、車道左の下に街道の標識が・・・
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往復3km以上はロスですが、お蔭で出会えた物もあるわけで・・・ これは松林飯山と言う方のお墓。神童と呼ばれ、大村藩を勤皇へ導いた立役者。でも29歳で刺客の刃に倒れたそうです。こんな方もいたんだねえ・・・
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さあて~ 気を取り直して歩こう~ お次に出てきたのは長与俊達のお墓。この方は江戸時代に天然痘の予防接種に成功した人だそうです。これまた、こんな人もいたんだねえ・・・
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このあたりは武家のお墓が多いのか、屋根のついた立派なお墓がたくさんあります。このお墓なんかすごいですよ~ なんか説明もあったけど、忘れました~ 笑
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そして更に歩くと春日神社や円融寺があります。
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春日神社に行き、そこから横着して園融寺に抜けて行くと白い玉砂利の敷いたきれいな道が・・・ しかし迷惑だよねえ、玉砂利なんか敷かんでもよかとに 歩きにっか。なんて思いながら上から下へ歩きました。が、ゲートボウルをしている方々がじっとこちらを見ています。??? もしかして~ あれ~これは枯山水の庭?
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でしたねえ。間違いなく。この庭の水に見立てた玉砂利の上を歩いてました。失礼しました。
さて、このお寺には大村藩三十七士の碑がずらっと並んでします。
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全然知りませんでしたが、幕末に活躍した方々だったんですねえ。
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さてさて、ようやく大村宿です。あっという間に着くだろうと思っていましたが道迷いがねえ・・・ ここまでがえらく遠くに感じました。大村宿の本陣跡はアーケードの中の浜屋というデパートのあるところです。
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ポストもなんかいい感じ。
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街道らしく、毛氈が敷いてあるので、そこでちょっとおやつタイム。
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さあさあ~ 先は長いぞ~ 出発出発。この道標には 是より左そのぎ道 と書かれています。
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とちゅう 千葉朴枕 という地域の開発に力を注いだ方の屋敷跡を通りますが、なんとISさんと関係の深い方みたいで!そのお血筋かも。とびっくりの発見もありました。
この近くにはキリシタンの首塚・胴塚があります。バラバラに埋めないと妖術を使って甦るということで、かなり離れた場所に埋められたそうです。こちらは首塚。
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長崎街道を歩くと、アチコチにキリシタン弾圧の歴史を見ることができます。それと同時にキリシタンがお寺を焼き払ったという歴史も。哀しい史実です。
昊天宮や長崎惣兵衛(長崎甚左衛門の兄弟)のお墓などを見て、進むと郡川に出ます。郡川の渡しと言われ、昔は飛び石があったそうですが・・・ これは渡れませんねえ。今では。
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松原宿に入ると、それらしいたたずまいが残っています。こちらは庄屋跡。
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伊藤家は源頼朝の家来の家来の家柄で、隣の八幡様は鎌倉の鶴岡八幡を分霊してもっていたとか。
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旅籠も残っています。
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大きな石を立てた相撲取りの墓。立派ですねえ。
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そして国道を走るときにいつも気になっていた小さな島。遠くから見るだけでしたが、お料理屋さんが」あったり海水浴場があったりで、気になっていました。今は二つともないような。こんもりした中には財弁天が祀ってありました。またこのあたりは松林が美しかったそうですが、戦時中に燃料として切られてしまったとか。
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またしばらく行くと さやのごぜん が祀られて居るところがあります。2回めの街道歩きの時もありましたが、道祖神のようなもので邪気を追い払うものだとか。でも道祖神のように可愛い感じではありませんでしたが。
さて、ここからしばらくは道が不鮮明になっていて、街道の案内板とガイドブックは違っているようで、難しいなあと思いました。
途中に江口三郎入道塚がありました。だあれこの人?と言うのが正直な感想です。
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でも立札を見ると・・・ は~ そうですか~ 鎌倉時代・・・ そういう歴史があったんですねえ。
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さらに串島城跡の案内に惹かれて行ってみましたが、茶畑が広がるばかりでした。
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千綿駅を過ぎるころ、呼び止めるおじいちゃんが居ました。本当に街道はこちらだったと山手の方を指さしましたが、今は通行することはできないようです。更に昔ままの龍馬も渡ったという橋があると案内してくださいました。この橋は沈まないように松の大木を土台にしてありました。
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千部塔と言うのももアチコチにありますが、キリシタン弾圧が厳しくなった頃、自分たちは仏教徒だという証のために立てたそうです。
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龍頭泉道標石や今は渡れない馬加瀬淵標石の場所を過ぎ、千綿宿に入りました。ここもそれらしい建物があり、雰囲気がありました。
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さあいよいよ彼杵川を渡ります。川を見ると、ウナギ塚が・・・ 居るのかなあ?今年は高いって言っていたけど。
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ちょっと街道から外れますが、26聖人乗船の地にも行ってみました。キリシタンのため京都でとらえられた26人は冬の寒い道をはだしでここまで歩いてきて、彼杵から時津まで船に乗り、殉教の地長崎へ向かったのでした。
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街道に戻り進むと長崎街道は鋭角に曲がります。ここが平戸街道との分岐で、裏側には平戸街道起点と書いてあります。
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彼杵の港は当時の雰囲気を残しています。交易で大いに栄えた港だったそうです。
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ここ彼杵神社は本陣跡です。
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本日のゴールは彼杵駅。着くとすぐに列車が来て飛び乗ることになりました。
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いやあ~ 今日はよく歩きました。本日のルート。
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でも、小倉まではまだ遠いはるかな旅です。
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さあ、次回はどこまで歩けるかな~



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by yamanosoyokaze | 2012-02-18 18:05 | 長崎街道
待っていてくれた~
仁田峠~妙見神社~国見岳~普賢岳~仁田峠

近頃にしては珍しく昨日から快晴。心はそわそわするけど、昨日は野口健さんの講演会。これも山と同じように良かったので良しとしましょう。でも今日は登るぞ~!

霧氷は昨日の方がずっと良かったと思うけど、やっぱり青空には霧氷でしょう とでかけることにしました。時間が惜しいので仁田峠まで車でいきました。でも見上げる雲仙には霧氷の姿はありません。ないかあ・・・ と一気に気の抜けるそよかぜでございました。やめようかなあ・・・ 一瞬そんな気がしたのも確かで・・・

でもここまで来たんだから温泉にだけ入って帰るのはもっと惜しい。で、やっぱり登ることにしました。気持ちのいい青空ですので、登りだすと爽快です。おお~!鴛の池はレマン湖のようじゃございませんか。
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それに展望もよく、煌めく海に天草の島々、遠く韓国岳も見えています。
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しかし、霧氷はなし~ けっこうきつい日差しなのですよねえ。しかし、妙見神社を過ぎて霧氷スポットに行くと~ ありました~ 霧氷!
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あきらめないで来てよかったとしみじみ思うのでした。
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国見分れでお会いしたのは、Oさん Bさん 別に血液型ではありませんが。笑 ご一緒に国見まで登ることにしました。途中から見るのも素敵なんですよね。
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国見の山頂からの景色もいいなあ。九重も見えていました。尾根の霧氷は好き嫌いがはっきりしているようで~
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ここでOさん方は散歩に行かれるとのことで、ここでお別れ~笑 でも、Oさんのお知り合いのMさんとご一緒することになりました。普賢岳はやっぱり賑わっていました。このお天気ですもんね。
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Mさんは山を始めて1年半。今が一番登りたい盛りですよね。気を付けて楽しんでくださいね。
またお会いしましょう。




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by yamanosoyokaze | 2012-02-12 17:29 | 雲仙山系
長崎街道を歩く② 面影を残す道
市布駅~藤棚~井樋ノ尾峠~赤松坂~島原街道追分~永昌宿~鈴田峠~古松大神宮~岩松駅
歩国距離20km 行動時間6時間20分
マツさん ミーさん bambooさん ISさん そよかぜ

気温は低く寒い一日となりそうですが、長崎街道の続きを歩くことにしました。今回は同行希望者がおりまして、ご一緒に歩きます。みなさん興味があるのかな。もう一名同行予定でしたが、ちょっとしたハプニングありで・・・ まこと何ともしましょうか~ 笑  お初のISさんはその参加できなかった方のお友達ですが、なかなかの健脚&博識。力強い限りです。

ともあれ、列車に乗るとちょっとした旅行気分で市布駅へ行き、そこから集合場所の藤棚まで歩きました。今回は地元の方の口利きで古賀人形の制作場を見学させてもらうことになりました。ラッキー!
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古賀人形は地元に伝わる土人形なのですが、なかなか味があるお人形です。
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こんなことができるのも街道歩きの楽しみのひとつですねえ。最初からゆっくりと見学しましたので、後半に影響がでるかもしれませんが~ でも急ぐ旅ではなし楽しみましょう。
従是東佐嘉領 と書いてあります。こういう堺石が所々にありますが、群は入り乱れていたようです。それに堺石を畑の縁石にした所もあるとかで~
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こちらは心天(トコロテン)茶屋の石鉢。なんか雰囲気がありますねえ。
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井樋ノ尾峠には駕籠立場があります。お殿様が休憩した場所のようです。
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またしばらく歩くと清水神宮の祠で、涸れることのない水がわきだしています。長崎街道 長崎~小倉 間で、現在飲める水場は2カ所しかないそうです。貴重ですよねえ。飲んでみましたが、とっても柔らかくまろやかな味でした。
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これも堺石。次々と領地が変わっていきます。昔の人の歩いたところを調べて、今の地図で確認すると、なんでこんなに遠回りをしたのだろう?と思う時があります。それは領地が入り乱れていたからで、取り調べが厳しい所とか仲が良くない所を避けて通っていたからのようです。こういう知識も街道歩きのガイド本を読んだからわかったことで、勉強になりますねえ。
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ここのあたりはコンクリートの道ですが、その面影が残っています。
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長崎街道の案内板が所々にあります。街道歩きはけっこう人気なのかもしれませんね。
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一部大きくすると、長崎県内の街道が良くわかります。
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旅人がのどを潤したという井戸。地域の人が守ってくれているようです。
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龍馬さんが通ったとなるとやっぱり嬉しいね。
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松並木が美しい場所もあったようですが、今は枯れてしまったか切られてしまったようです。でも松並木を復元させようというプロジェクトがあり、街道沿いには幼木がたくさん植えられています。この松が大きくなったらさぞやきれいでしょう。この幼木は前回と今回歩いた街道沿いにはたくさんありました。すごいねえ。
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こんな看板がありましたが??? どこにもない・・・???
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地下道にあったんですねえ。これは河童の絵で有名な清水昆さんの絵みたい。
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街道沿いにはたくさんの史跡がありますが、全部見て歩くといくら時間があってもたりません。もれなくと言うわけにはいかないのですが、磨崖仏という言葉が心を引きます。それでちょっと街道を離れるのですが、久山の磨崖仏を見に行くことにしました。そこにはこんな案内板がありました。
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そして磨崖仏は、一つ一つは小さいのですがたくさんあります。こんな所に磨崖仏があるなんて今まで知りませんでした。
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なんとも雰囲気のある仏様。メンバーのだれも知らなかった磨崖仏だけに感動もひとしお。
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街道にもどり少し進むと昔は大きな赤松があったという赤松坂。ここはCMに使われた苔の道です。きれいですねえ・・・ 思わず 龍馬さん の匂いを探す面々でした。
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そこからしばらくは街道の面影をさがすことはできません。宅地に造成されていたり工業団地だったり。
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このころから お腹がすいた~ のコール。でも適当な場所がありませんので、我慢我慢。我慢しながら歩くと お馬の水 と言う場所がありました。中をのぞいてみると確かに水がありました。
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そこから少し歩くと農業試験所の広い芝生がありますので、そこで昼食。お腹が満たされると元気もでてきました。さあさあ出発!東大川を渡ると さやんごぜんと伊藤鼎之介のお墓があります。さやんごぜんとは道教の教えで集落に入る邪気を防ぐとい意味があるらしい。伊藤鼎之介は江藤新平の乱のときに密使とみなされて斬られ、23歳だったそうだ。
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島原街道との追分がとちゅうにありますが、龍馬さんは島原から長崎に入ったそうです。しばらくは住宅地の中を進みます。何でもない所に永昌宿跡があります。昔の諫早の町から少し離れた所にあった永昌宿は、宿場としては珍しいと当時の人が書き残しているそうです。
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ここから鋭角に曲がって進むと石茶屋があり、当時庭先にあったという亀甲文の岩がありました。
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ここからはまた淡々とした歩きが続きます。話題は通りすがりに見る豪華な家のこと。長崎街道豪邸番付をせんばじゃない と番付に無縁の家の住人は思うのであります。
破籠井(わりごい)は平家の落人の伝説のあるところですが、そこを過ぎるといよいよ鈴田峠への道です。現在国道にも鈴田峠がありてっきりそこだと思っていましたが、本当の鈴田峠は昔のままの道にあります。久しぶりに土の道を歩くと、足の裏に温かさと柔らかさを感じました。
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ここは1km半にわたって昔のままの道で、歴史の道百選にも選ばれているそうです。
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この石はどんばら石と呼ばれているようですが・・・ 桃尻石に見えるような・・・ あら失礼。
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うっそうとした林の中に突然石組みが現れました。そこは大渡野番所跡でした。
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そしてここが鈴田峠。硯石・弁慶の足型石と呼ばれる石がありました。
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籠立場や大雪に埋もれたとされる渡辺伝弥九のお墓を過ぎると視界がぱっと開け、大村湾が見えました。私たちも心が広がるような気がしましたが、旅人もきっとそうだったことでしょう。
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多良方面も見えていますが、白くかすんでいるように見えます。きっと雪でしょうねえ。
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古松大神宮や一里塚を見て先に進みました。
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大村まで行けるかなあ と思ってはいたのですが、昔の旅人のように3時を過ぎたらきりのいい所でやめようと思っていましたので、今回は岩松駅で終了。
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ここから列車に乗って返りました。
今回のルート
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みなさんと歩けて楽しい街道歩きでした。さあお次は~




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by yamanosoyokaze | 2012-02-11 18:12 | 長崎街道
長崎街道を歩く①
長崎駅~長崎県庁~諏訪神社前~長崎街道始まるの石碑~蛍茶屋~日見峠~芒塚~日見宿場~腹切り坂~矢上宿場~古賀の藤棚~市布駅
歩行距離20km 行動時間6時間40分

長崎周辺の山を歩くと、所々で長崎街道の案内板を目にします。
鎖国時代に長崎は唯一外国に開かれた港でした。外国の文化は長崎を経由して日本に入ってきたので、最新の情報を求めて多くの人が長崎にやってきたそうです。もちろん坂本龍馬もです。そして長崎は多くの文化を受け入れ、独特の街を作ってきました。
長崎街道は重要な街道として整備され、長崎~小倉間を長崎街道と呼び、228kmあったそうです。
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長崎人として、この街道のことを知らないのはもったいない。いつか歩いてみたいなあと思っていました。そして本日実行とあいなりました。

駅から歩いてまずは現在の長崎県庁に向かいました。その昔は長い半島であった場所で、この地形から長崎と名前がついたようですが、今はその面影はありません。ランタンで賑わっている県庁です。
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その片隅にこんな石碑がありました。
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さあさあ~ あまりゆっくりはできませんので、気合を入れて出発!諏訪神社の下を通ります。
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新大工の商店街を抜けて、四つ角に行くと石碑があります。
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実は行き過ぎて、教えてもらって引返して確認しました~ これを見ずして始まらないでしょう~笑
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教えてくださったお二人の方も長崎街道を歩かれるとかで、ご一緒していただくことにしました。お二人は私と違い、街道歩きに精通されている方でした。
もちろん整備されたものでしょうが、石畳の道にそれらしい雰囲気を感じながら歩きました。
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当時の石橋がありました。上の方はかさ上げしたと書いてあります。
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こんな看板のお店がありましたよ。
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案内板をアップすると~
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電停で蛍茶屋という名前はよく知っていますが、ここがそのお茶屋さんの跡。昔は蛍が飛び交いそれは美しかったとか。映画になった「長崎ぶらぶら節」にもでてきますよね。
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更に進むと 渡鳥塚があります。
松尾芭蕉の句        「めにかかる雲やしばしのわたり鳥 翁
長崎出身の向井去来の句 「故さとも今はかり寝や渡りどり 落柿舎(らくししゃ)」
裏面             「文化十とせの夏みな月 蕉門の師弟こころを合わせて建けるよしを祥禾しるす」
一番右の石碑にきざまれています。う~ん こんなものがあったとは・・・
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それからも災害の犠牲者を悼んだという、大きな唐銅の塔が出てきたり~
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歴史のありそうな石仏や塔や石橋や茶屋跡・・・ 数えきれないほどの歴史の遺産を見ることができました。そしてようやく日見峠です。ここには番所があります。見送る人たちはここまで着いてきて、別れを惜しんだそうです。ここで長崎方面の景色とはお別れです。長崎街道を歩いて長崎の町を目指すとき大きく立ちはだかったのが日見峠だそうで、西の箱根と言われていたそうです。だから峠を上り詰めてこの景色を見た時には、ほっとしたことでしょうね~ 坂本さんも。笑
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番所後今ではあまり面影は残っていません。
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下って、日見新道の切り通しに再び出ますが、ここは日本初の有料道路だったそうです。
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馬頭観音などを見ながらどんどん下ると芒塚に着きました。「君が手もまじるなるべし花薄 去来」と書かれ句碑があります。
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ここでお弁当のお二人とはお別れしました。ご親切感謝します。ありがとうございました。
なぜ別れたかと言うと、街道歩きなのでその所その所の美味しいものを食べようと思ったからですが・・・ これは甘い!昔の街道にはあったお茶屋はありませんです、当然。レストランとかで食べるなら、かなり寄り道しないといけません。
芒塚下のバス停までは以前歩いたことがあったのですが、ここからは知っている場所とは言いながら、歩いたことのない道でとっても新鮮でした。この道沿いにもたくさんの遺跡があります。そして面白いと思ったのは歯痛観音。ほっぺたを抑えて痛そうにしているからだって。本当に痛いですか~ 笑っているように見えますが?笑
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そして、日見宿に着きました。
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さあて~ 今日の難所は腹切り坂です。道が消失しているとかで、通行困難とも書いてあります。腹切り坂の言われは、細川藩士が帰る途中で、高名な武士に一手をもうしこんだが、意に反して負けて、武士の面目とやらで切腹したとか。あ~男子って面倒くさかねえ・・・
こちらもお腹が減って切腹しそうで、ほか弁に飛び込みのり弁をゲット。とちゅうでかきこみました。笑 腹切り坂は長崎さるくの案内通りに行くとなんとか歩けましたが、途中はこんな。
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領堺石標や神社などをみながら、矢上の番所跡です。ここににはレストランがありましたねえ・・・ 長崎入りする旅人はここの宿で泊まることがおおかったそうです。
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街道脇の矢上八幡に立ち寄り、大クスをみました。県下で二番目に大きなクスだそうです。下から見るとそうでもないけど、階段を登ってみると大きい~!
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街道は道が消失している所がありますが、案内標識に従うと大丈夫。八郎川の付近もそうで、ここの川は飛び石で渡ったそうです。その場所にはないけど、上流側には飛び石がありました。
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ここにもキリシタンの殉教の碑がありました。矢上村は全部キリスト教だったけど、弾圧によって全滅したとか。
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どんどん歩いて、古賀の藤棚までやってきました。
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ここから街道は峠越えへの道になっていきます。時間も遅くなるので本日の街道歩きはここまで~
お店に入り、たらみのフルーツ生ゼリーをゆっくりといただきました~ とっても美味しいけど高いんですよねえ・・・ 500円也。でもこれは今日たくさん歩いたご褒美にしましょう。
さて、市布駅までとっとこ歩き、電車で長崎まで帰りました。360円だったかな。こんなに歩いたのに360円・・・ 文明とはありがたいものであります。
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本日のルート
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街道歩きの続きは・・・ あるつもり。



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by yamanosoyokaze | 2012-02-04 23:11 | 長崎街道