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カテゴリ:関東の山( 5 )

尾瀬周辺の山を歩く② 燧ケ岳2356m
二日目 22日 檜枝岐村=バス=沼山峠~大江湿原~長英新道~俎嵓~柴安嵓(燧ケ岳最高点)~見晴新道~見晴 弥四郎小屋泊
歩行距離12.5m 行動時間7時間 標高差+883m -1150m

檜枝岐村で山の幸いっぱいの朝食を食べて、これまた数本しかない沼山峠へ向かうバスに乗り込みました。マイカー規制があるので、誰でもバスを利用しなければなりません。
燧ケ岳は途中の御池から直接登る人が多いようです。でも私たちは大江湿原経由にしていますので、御池を通過して沼山峠に向かいました。檜枝岐から峠までバスで小一時間かかりました。
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沼山峠で準備を整えて出発。この山域は木道が整備されていて、外れることは許されません。
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緩やかな道を進み、峠を越えると視界が開けてきました。
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遠目にも黄色い絨毯が目につきます。御池経由ではなく、わざわざ大江湿原経由にしたのはこの光景を見たかったからです。
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ニッコウキスゲの素晴らしい群生です。これだけでも来てよかったと思えるのですよねえ。
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湿原には様々な花が咲いています。オタカラコウ・カキツバタ・カラマツソウ・コバノトンボソウ・ナツトウダイ・ノアザミ・ヒオウギアヤメ・・・ ここは楽園です。水の中にはイワナかアブヤハヤか? ニュージーランドで、側溝のような場所でマスのような魚がいっぱい泳いでいて驚いたことがありますが、そんな感じ。
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美しい光景に大感激して、いよいよ燧ケ岳の登りに取りつきました。ところでどうして燧ケ岳というのでしょう?それは檜枝岐から俎嵓の方をみると火打ち(燧)はさみにみえる雪形が出るからだそうです。なあるほど。もっともそれが見える時期は6月半ばごろだそうです。この写真はお借りしました。
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さて、燧ケ岳に登る登山道はどこからも急で、長い。その中でもっとも登りやすいと言われているのが、今回使う長英新道です。しかし、であります。最初こそなだらかな樹林帯を行きますが、後半は結構きつい登りです。私たちは荷物も重いし、青息吐息です。
アカモノや
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ツマトリソウが慰めてはくれますが。
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やっと視界が開け尾瀬沼が見えてきました。
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しかし、ここからもきつい登りは続く・・・ ハクサンシャクナゲがとってもきれいではあるのですが・・・
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最後は岩をよじ登りゴール。といっても最高点ではなくて、俎嵓ですが。ここでお弁当。
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そして最高点である柴安嵓へ向かいました。御池からは直接俎嵓へ行くので、こちらまで来ないのか静かな山頂でした。
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尾瀬ヶ原の緑の湿原が眼下に広がっていました。雨予報なのに、雨にも遭わずここまで登れたことに感謝です。
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さあ、後はあの尾瀬ヶ原までの下りです。ハクサンチドリが咲いている滑りやすい道を用心しながら歩きました。
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展望の良い尾根ですが、急下りです。
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そして谷の道へ降りていきます。この道がまた足場が悪く気の抜けない道で、長い! 途中であった人もうんざりしているようでした。
でも嬉しいことも。ツバメオモトが咲いていました。この時期いつも花は終わっているので、出会えない花かと思っていましたので、嬉しかったなあ。
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長い!と文句ダラダラいいながらやっと見晴の弥四郎小屋につきました。ここは二人以上のグループには個室をくださいます。個室料金はなし~ で、私たちも8畳ぐらいの部屋を占領しました。石鹸は使えませんが、お風呂もあり、なんと快適なことでしょう。
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今まで持ちこたえていた雨は、夜中には土砂降り。明日はどうなるかな~
本日のルート
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グラフ
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燧ケ岳はいい山でした。存在感があり、大きな山です。男前。


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by yamanosoyokaze | 2013-07-27 11:55 | 関東の山
関東への山旅⑤ 山の後のお楽しみ

無事に高尾山から下山し、次なる目的地に向かいました。
計画の段階で、高尾山は半日で終わるので、そのまま宿に向かうのはもったいない と思いました。せっかく東京に来たのだから何かないかな~ と調べていると、上野の国立西洋美術館でラファエロ展が開催されていることがわかりました。これは見に行かなければ!なにしろレオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロとともに、盛期ルネサンスの三大巨匠と呼ばれている大画家なのですから。

ラファエロと言えば美しい聖母の絵や、バチカンのラファエロの間にあるアテナイの学堂が有名です。見たはずなのに・・・ 記憶がない。笑 37歳で亡くなったので、作品が少なく、その貴重さゆえに日本に来ることはめったにないそうです。今回の展示会は 日本の美術界における大きな事件 とまで言われているのです。

これは外せないね。と言うことで、ザックをしょったまま上野の美術館にでかけました。平日とあってスムーズに入場できました。すでにこの展示会を見たと言った在京の友は、自画像が、似てるんだよねえ・・・ と言います。
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あなたは誰に似ていると思いますか? そう 栗原類!  この名前を言ってもわからない方、取り残されております。どうでもいいけど。笑
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さて、今回の目玉は 大公の聖母 です。
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その美しさたるや・・・ やっぱりすごいなあ~
と大感動の絵画展でした。

そこから浅草に移動。浅草と言えば浅草寺。
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仲見世は大賑わいでした。でもひと時前の長崎の浜の町もこんな感じだったけどね。
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ここからもスカイツリーが見えます。
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宿は浅草寺のすぐ側。チェックインしてから、隅田川の桜とスカイツリーを見に行きました。これぞまさしく ~春のうららの隅田川~ です。
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そしてスカイツリー。ピンクの照明は雅を表しているそうです。もう一つ青っぽいのは粋だとか。
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桜とスカイツリー
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最終日は長崎に帰るのですが、飛行機までにスカイツリー見学。40分並び2000円也を払って、展望デッキへ。そしてさらに1000円払って展望回廊へ。いやいや~ 金入り~
本日はかすんでいてあまりはっきりと見えません。
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この写真の方がいいかも。
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ここは人でいっぱいです。
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すっかりお上りさん状態。
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足元を見ると、スカッと。笑
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ソラマチも歩いてみたけど、田舎者には人が多すぎ、それだけで疲れすごすご退散して、羽田へ。
羽田で三人で今回の旅の最後のランチ。


今回もとっても充実した旅でした。
山もよし 人もよし 芸術もよし 街もよし

今回ご一緒してくださったみなさん、本当にお世話になりました。
そして、在住の友たち、本当にありがとう。
何より、人とのつながりを濃厚に感じた旅でした。感謝!




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by yamanosoyokaze | 2013-04-03 19:32 | 関東の山
関東への山旅③ 丹沢縦走その2
丹沢山~蛭ヶ岳~姫次~榛ノ木丸~伝道~本間橋
歩行距離12.4km 行動時間5時間25分 標高差+785 -1675m

きれいな小屋で目覚めた朝~ 外に出てみると、雪!
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これは冬ではありませんか。そこで作戦会議。Sさんが裏丹沢に車できていたので、そちらに降りてはどうかと言うことになりました。Sさんはあれこれ案をだしてくれます。丸木の一本橋を何度か渡るとか、靴を脱いで渡渉するとか・・・ この寒さに渡渉・・・ 優しいコースでお願いしま~す! と言うことで、本日のルートとなりました。

この山系は本当によく整備されています。貧乏県の者としては、神奈川県が大金持ちに見えました~ こんな木道&木の階段が延々と続きます。都会に近く登山者の多い丹沢では、こういう木道整備は大事なことでしょうね。
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鎖場もところどころにあります。濡れて滑りやすくなってますので、注意注意。
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霧氷もびっちり。これはまぎれもなく冬でしょう。
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そして丹沢山系、神奈川県の最高峰 蛭ヶ岳 1673m  に到着。地図を見ると丹沢山系のど真ん中。ここから下山するにはどちらに降りてもかなりの時間がかかりそうです。
蛭ヶ岳の山頂でKさん 強者ほっかむりのSさん hirokoさん です。
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ここから最初の計画とは違う北方向の 姫次 を目指します。全く予期しなかった方向への転進ですが、自分たちでは歩かなかったと思うので、とっても嬉しいルートでした。ここも木階段をダ~ッと下ります。
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快適な道を進み、姫次までやってきました。
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姫次まではルート図にも道が記してありますが、ここから榛ノ木丸(はんのきまる)まではルート図には道がありません。歩けるの~? と思っていましたが、Sさんの先導ですから安心です。カラマツの林を歩きます。
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アップダウンを繰り返しながら歩を進めると、榛ノ木丸に到着。百酩山だって。笑
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そしてそこからも長い下りをどんどん進みました。お初の丹沢でこんなところに来ることができたなんて、なんてラッキーなのでしょう。
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そしてようやく伝道と言う所に降り立ちました。以前はここまで車が入っていたそうですが、今は崩壊していてはいれません。
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崩壊した林道を歩き、本間橋までやってきました。Sさんはここで熊を見たことがあるそうです。ひぇ~!
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この付近は道ができる前は大秘境だったそうです。そうでしょうねえ・・・
この近くに停めていたSさんの車に乗り込み、丹沢縦走は終わりました。

Kさん Sさんのおかげで丹沢の奥深さを知った縦走となりました。自分たちだけだったらありきたりのルートをたどったと思います。本当にお二人には感謝です。
丹沢と簡単に考えていましたが、厳しい場所や奥深いところもある大きな山域で、ここだけでいいという方もいるくらいの大きな山でした。
四季折々に花も咲く山で、また訪れたいなあ。でも蛭ヶ岳と言うくらいで、蛭が大変多いそうで、暑い時期はかなり勇気がいりそうです。鹿が媒体になっているそうで、ここでも鹿害がひどく、鹿撃ちも県をあげて定期的にやっています。現に鹿撃ちさん数人にお会いしました。

本日のグラフ
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今回のルート
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Sさんの車に乗り込み駅まで送ってもらうことになりました。本当にありがたいことです。車を走らせても丹沢が大きな山塊であることがわかります。途中でご一緒にピザを食べたりして、駅に到着。ここでSさんやKさんとお別れです。本当にありがとうございました。
Kさん 再会できて嬉しかったよ。前を向いて幸せになろうね。
Sさん お付き合いくださってありがとうございました。たくさんの楽しいお話もまた伺いたいなあ。
またお会いできますように。ありがとうございました。そしてさようなら。

電車に乗り込み、八王子まで移動です。駅に着くと、なんと東京の友達三人が駅で待っていました。驚き~!
と言うことで、夜は夜で古友たちと大いに盛り上がったのでした。
持つべきものは友!

さて~ 明日は高尾山登山です。年間200万人も登るという日本一登山者の多い山ですが、その実態はいかに~




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by yamanosoyokaze | 2013-04-01 10:47 | 関東の山
関東への山旅② 丹沢縦走 
小田原=秦野=やびつ峠~丹沢縦走路登山口~二ノ塔~三ノ塔~烏尾山~行者ヶ岳~塔ノ岳~丹沢山 みやま山荘泊
行動時間6時間30分 歩行距離12km 標高差+1674m -784m

さあ今日はいよいよ丹沢縦走の日。小田原より電車に乗り、秦野まで移動。秦野で三年ぶりの山友さんとめでたく合流できました。元気そうな山友Kさんを見て、本当に嬉しかったですよ。ここでも時を超えてつながりを感じました。不思議だね~ 秦野からバスでヤビツ峠に向かいました。平日なのに、バス二台は満車。人気のほどがうかがえます。

バスに乗ること50分ほどでヤビツ峠に着きました。大きなお手洗いもあるところで、身支度を整えて表丹沢登山口まで25分ほどの車道歩きです。あんなにたくさんいた方々は大山の方に行くようで、縦走組はぐっと少なくなりました。
下の地図で右側にヤビツ峠があります。右端の方に多くの方が向かわれた大山があります。
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さて~ 登山口からはこんな風に階段が続き、我慢の歩きとなりました。
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稜線に登りあがると、思っていたよりもアップダウンが続きます。
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途中のお地蔵様は、山内安全と書かれています。なあるほど~ 私たちも安全に気を付けながら歩かなくちゃね。
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そのお地蔵さまからすぐに鎖場が始まりました。
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この鎖場は短いのですが、岩が滑りやすく要注意。で、安全にゆっくりゆっくり~
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丹沢の主稜線は崩壊が激しく、痩せているところがたくさんです。よく整備されていますので、怖くはないのですが、崩壊が進むと大変かもね~
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この日はガスがかかり寒くて、遠くには雪も残っていました。それに木々には霧氷~!!これはこれは冬ではございませんか。寒~い!
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ようやく塔ノ岳に到着。本来なら大展望が広がるのでしょうが~ ガス~
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でもやっぱり嬉しい山頂です。ここは人気の山で大倉尾根を登る人がたくさんだそうです。
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休憩するにも寒くて寒くて、尊仏山荘に飛び込んでコーヒータイムです。いや~ 生き返りました~。人心地ついて出発。ここからも丹沢山までアップダウンは繰り返します。でもきれいな笹が広がっているところもありました。
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途中で、逆方向からKさんの山友さんであるSさんがやってきました。本来ならヤビツ峠から一緒に歩くはずでしたが、用事が入り裏丹沢方面から入山してきたそうです。このSさん、丹沢を知り尽くしておられますので、頼もしい限りです。4人になり、丹沢山まで歩きました。
そして、本日のゴール!
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この丹沢山にはみやま山荘というきれいな小屋があります。小さな小屋ですが、とても清潔でした。
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お食事は焼肉。美味しかったよ~
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KさんやSさんの楽しい話を聞きながら、ご縁の不思議さを何度も思うのでした。それにSさんは同じ長崎県の諫早市のご出身で、身近に感じましたよ。
丹沢は人気があり、登山者も多いので、簡単な山かと思っていましたが、なかなか歩きごたえもあり、大きな山だと感じました。明日も縦走しますが、心して歩かなければと思いました。

本日のグラフ
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by yamanosoyokaze | 2013-03-31 21:02 | 関東の山
関東への山旅① 小田原へ

昨年、関東に住む山友さんが、九州の山に登りたいと言ってきました。本当に3年ぶりぐらいの再会となるはずだったので、とっても嬉しくて阿蘇の山を一緒に歩くことにしました。ところがあいにくの台風襲来でその約束はお流れになってしまいました。

でも、やっぱり会いたいなあ・・・ ということで、今度は私が関東に行くからと約束しました。目的地はもちろん山ですが、関東の山に詳しくないので、名前を知っている丹沢山系と、日本一登山者が多いという高尾山に行くことに決めました。山友さんは丹沢の計画を練ってくれました。ありがたい!

そして、いよいよ実行となりました。

3月25日 移動日 長崎=羽田=小田原 
長崎から羽田まで飛行機で一っ跳び。ありがたいことに今はいろいろ作戦を練ると安くで東京まで行くことができます。いい時代ですね~ ここで長崎から一緒に来た長崎の山友さんはご親戚の方と小旅行のため、高尾山登山の日までお別れ~ そして、北九州から参加のhirokoさんと合流です。

二人で電車を乗り継いで小田原にやってきました。ビジネスホテルに宿をとり、近くの小田原城に散歩に出かけることにしました。おりしも桜が満開です。
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お堀端はとってもきれいでした。
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ところで、小田原城はだれのお城だったか知っていますか?即答できる方は素晴らしいです。私の頭は空っぽでで~す。笑 小田原にはお城がある、かまぼこが有名、ぐらいしか知りません。それで、ちょっと調べてみました。

室町時代に西相模一帯を支配していた大森氏が築いた山城でした。

15世紀末、伊勢宗瑞(後の北条早雲)が小田原に進出し、
以後、北条氏が5代約100年にわたって関東での勢力を拡大していきました。
小田原城は、関東支配の中心拠点として整備拡張され、
豊臣秀吉の来攻に備え城下を囲む総延長9kmに及ぶ総そうがまえ構の出現に至って、
その規模は最大に達しました。
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資料館などみると、北条氏の紹介が多いということは、北条氏のお城ということなのでしょうね。

しかし、天正18年(1590)、
石垣山一夜城の築城をはじめとする秀吉の小田原攻めにより北条氏は滅亡し、
戦国時代が終焉を迎えました。
かの有名な一夜城の話しは小田原攻めの時のことだったんですね。

北条氏滅亡後、徳川家康に従って小田原攻めに参戦した大久保氏が城主となり、
城は近世城郭の姿に改修されました。

その後、大久保氏の改易にあたり、城は破却されましたが、
稲葉氏の入城の際に再整備され、城の姿は一新されました。
稲葉と言えば、あの大奥の春日野局の子どもですねえ~ 母の力は強し。

貞享3年(1686)に再び大久保氏が城主となり、
小田原城は東海道で箱根の関所を控えた関東地方の防御の要として幕末に至りました。

明治3年(1870)に廃城となり、明治5年までに城内の多くの建物は解体されました。
後に、小田原・足柄県庁・神奈川県支庁の所在地となり、
さらに明治34年には、二の丸に御用邸が建てられました。

大正12年(1923)9月の関東大震災により御用邸のほか石垣もほぼ全壊し
、江戸時代の姿は失われてしまいました。

昭和9年(1934)に隅櫓が再建され、
昭和35年(1960)5月には廃城以来90年ぶりに市民待望の天守閣が復興されました。
昭和46年(1971)3月に常盤木門が、平成9年10月に銅門、平成21年3月には馬出門が完成しました。
昭和13年(1938)8月に二の丸・三の丸の一部が、
昭和34年(1959)5月に本丸と二の丸の残り全部が国の史跡に指定されています。
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ということであります。

再建ですが、なかなか立派なお城です。
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石垣や木立も大きく歴史を感じます。
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天守閣の上から見ると、桜がとってもきれいでした。
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さて~ 夜は小田原の友達と再会。若き日にいつも話を聞いてくれたお姉さんのような存在でした。それは今も変わりません。小田原に宿泊したのは、この友と会うためではなく、登山口に行くのに交通の便が良かったことと、ビジネスホテルがとりやすかったからですが、こうして再会できて小田原に来てよかったと心から思いました。話しはつきませんが、明日からは山に入りますので、涙涙でお別れ~

ビジネスホテルで友と山のことがぐるぐる渦巻きながら、おやすみなさい~





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by yamanosoyokaze | 2013-03-30 16:12 | 関東の山