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カテゴリ:平戸街道( 7 )

平戸街道を歩く⑥ 最終回
歩行距離11km 行動時間4時間

平戸街道歩きもいよいよ最終回。今回は江迎~平戸口を歩きました。距離も短いので、のんびり歩きです。平戸大橋の傍に車を置いて、列車で江迎まで戻り歩き始めまる予定です。
平戸大橋がとってもきれいでした。
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平戸口駅のある田平は昆虫の里で、巨大なカブトムシが車をつぶしていました。恐るべしカブトムシ。
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松浦鉄道の平戸口駅は、日本最西端の駅だそうです。
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列車もかわいいよ~
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まず江迎では繭玉という手毬のようなものを作っている障害者のお店に行ってみました。きれいな繭玉は見ているだけで華やかな気持ちにさせます。ちょうど売れてしまったということで、帰りにもう一度立ち寄ることを約束して、出発です。

江迎から平戸口まではけっこうアップダウンがあります。
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この場所は伊能忠敬が木星を観測した地だそうです。
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駕籠立場も残っています。殿さまは景色のいい所で駕籠を降ろして休憩したそうです。駕籠に乗っているとはいえ、狭いかごの中で薄い座布団一枚の上に座り、揺られるのはかなりつらかったのではないかと思いますが~ どうでしょう。
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順調に歩いていきましたが~ そして街道は水に消える であります。
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街道は現在のため池の中を通っていたそうですが、水没。で、ため池の脇を歩いていきます。今は草がぼうぼう。
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前を行くIさんが突然叫びました! ヘビ!! 
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できるならお会いしたくないお方でありますが、行かねばならぬ・・・ ヤマガカシみたいと聞いて戦々恐々。ヘビのところを大急ぎで通過して、ため池をパチリ。この中に街道はあったのね。
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平戸史談会の方が発見したと言う街道ををたどります。
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それらしい道ですね。結構長かったですよ、自然の道。
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対馬塔という石碑もありました。今でも生花が飾ってありました。
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前方が開けてきました。平戸口はもう近い。
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ゴール近くには本陣跡の石壁が残っていました。
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上の石は乱暴に置いてあるなあ・・・ 落ちそう と思ったらちゃんと屋根型に切ってありました。すごいね。
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ここに平戸街道始まりの案内石碑があるのですが、花に囲まれていて近づけません。これはいいのか悪いのか。ちょっと残念かな。
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これで平戸街道完歩。
本日のルート。
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その後平戸口の物産館に行って、買い物~
そして忘れてはいません。繭玉を求めに江迎へ。みなさん、一生懸命間に合うように作っていてくださったそうです。また買いに来ますからね~ 今日買ったのはこの二つ。きれいでしょう。
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平戸街道もこれにておしまい。次は何を企画するか~ まだ不明。



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by yamanosoyokaze | 2013-09-26 18:41 | 平戸街道
平戸街道を歩く⑤ 久しぶりに街道歩き まだ暑かった~
歩行距離15.2km 行動時間6時間

久しぶりに街道歩きです。6月に佐世保~佐々を歩きましたが、その後は雨だったり用事があったり・・・ その間真夏になり、街道歩きには厳しい季節になってしまいました。街道といってもそのほとんどは車道ですから、とても歩く気になれませんでした。9月に入り暑さも和らいできたので、再開です。といっても平戸街道は後2回をのこすのみです。

今日は佐々の三柱神社から街道歩きをスタートさせます。ここはりっぱな神社です。古びた階段が素晴らしいところでした。
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お隣の東光寺にも立ち寄りました。ここもまた立派。松浦家ゆかりの寺で、ここの瑠璃光薬師如来像は、豊富秀吉の朝鮮出兵の時に松浦軍とともに七年間朝鮮を転戦したそうです。よくぞまあご無事で~
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この庚申塔は犬塚とも言われます。ここの新田を作る際の汐止め工事は難航を極め、11年を要したそうです。それで、人柱を立てたらどうかという案がでたけど、39匹の犬を代わりにしたとか。ワンコを飼っている身としては悲しいけど、人柱を考えると犬でよかったのでしょうね。でも39匹の犬の最後を思うとちょっとねえ・・・
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この辺りは佐々の渡しと言われた場所。そのころは歩いて渡ったのかなあ・・・ 今は白魚漁で有名らしいです。
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佐々の本陣跡にはりっぱな庭が残っています。でもこの本陣は殿さまのお気に召さなかったらしく、泊まらんやったとか。なんで~ ちなみに本陣とはその地域の庄屋や大きな商家があてられ、今のお金にすると3~5万円くらい払っていたとか。ちょっと少ないんじゃない?そうでもない?
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江迎に向か街道で一番の峠は江里峠。
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殿さまもここで休んだいたもよう。伊能忠敬や吉田松陰も通った峠です。
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そこからちょっとだけ自然の道。
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しかしであります。想定外!
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なんでこうなるの~ 短いから許せるけどねえ。
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この藪を抜けて車道に出ると、こんな看板が。
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どこどこ~? どうやらあれのよう。よくわからんねえ。
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さらに進むと、川で街道は途切れています。看板はこうだけど・・・
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渡れません。
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江迎に入っていくと、昔は景勝地であった高岩があります。旧道は高岩の下を通っていたようですが、今は危険なために歩けないらしい。
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佐々では寿福寺に立ち寄りました。ここも立派なお寺です。そこからの佐々の街の眺めはいい感じです。
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佐々は千灯篭祭りが有名なようですが、これがその灯篭を飾る塔。
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吉田松陰が腰かけたとい石もありました。有名人は座っただけで史跡となる~ 笑 
さて、ここのはちょっとイメージが残っているけど、こういう一里塚の石柱はどうなのか・・・
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 一里塚とは文字通り塚なので、盛り上げてこんもりしたものでしょう。それなのに石柱だけだったら、何も疑わない人はこういう石柱が一里ごとに立っていたと勘違いしますよねえ。
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今回、久しぶりに街道を歩き、また新たな発見がたくさんありました。何度も車で通っている場所でも、歩いてみないと分らないことがたくさんです。歩くことによって、その土地に対するイメージも親しみも違ってくるような気がします。
平戸街道歩き、次回は最終回。どんな出会いがあるでしょう。
今回のルート
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by yamanosoyokaze | 2013-09-13 11:04 | 平戸街道
梅雨の合間を縫って
佐世保~眼鏡石~左石~中里宿~半坂峠~佐々
歩行距離18km 行動時間5時間30分

いろいろあって、忙しさに取り紛れてぼーっとしていたら、明日は街道歩きと言うことが判明。あれ~何も準備してないぞ~ 慌ててメールしたり、地図を用意したり。まったく予備知識なしで歩くことになりました。大丈夫かいなあ・・・

さて、梅雨とはいいながら日差しもあます。でも暑いぞ~!それでも前回歩き終えた佐世保市の体育館前から出発。いきなり道が消失しているところもあり~ こそこそ歩く怪しい面々でした。
このお寺の門は新しいのですが、とっても立派。こうしてみると 中国の影響を受けている と感じますねえ。
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街道らしい町並みを歩くと竹細工のお店が、先輩の方が仕事をしていました。今ではとても懐かしい光景。
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街道らしい微妙に曲がった道。
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松浦鉄道越しにピョコンと盛り上がった場所が見えます。以前名前を聞いたように思いますが・・・ あとで前岳だとわかりました。でもなんかもっと別の名前だったような・・・???
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平戸街道は標識が整備されていて、それをたどればいいようです。でもそれはおすすめのコースと言うことではあるようですが。道は時代とともに変遷していますから。ここは現在位置の丸印がある場所で、俵一里塚なのですが・・・ どこ? と思っていると頭の上に石碑が!こりゃあわからん。
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お~ 佐世保狛の飾りが! タクさんはこれで子どもの頃遊んでいたそうです。なんでも駒を投げつけて遊ぶのだそうで・・・ 男の子のおもちゃだねえ、これは。
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この煉瓦の建物は、水圧を調整するために使われていたそうです。おしゃれな感じ。
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ちょっと寄り道で、眼鏡岩にも行ってみました。初めて見ましたが、大きいですね。絵図で見るともっと真ん丸だったようですが、だんだん崩れていっているのかもしれません。
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裏から見るとこんな感じ。大昔、波でえぐられて穴が開き、隆起して現在の形になったとか。今はやりのパワースポットになっているようです。
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こちらは左石といわれる石。平戸から歩いてくると左に大きな岩があったからだそうです。でも今は削られてその面影はありません。地名にもなり、目印となるような大きさだったんでしょうけど。
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今日の街道歩きは、紫陽花の花があちこちでとってもきれいでした。こんなにたくさんの種類の紫陽花があるんだなあ と見とれながら歩きました。
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あじさいに見とれていたからでしょうか、いつの間にか違う道へ・・・ これは国道にあるオランダ街道の標識。平戸まで35km。長崎まで76km。と書いてあります。
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ここら辺で通り雨がザーッと降ってきて、あわててローソンで雨宿り。軒下に座り込み、ランチタイム。ちょっぴり浮浪者になったような気分。笑 
お腹ものども潤って、余裕で地図を見るとなんか??? どうやら街道を外れていたようで、引き返しようやっと街道に戻りました。どうしてもっと平地を歩かなかったんだろうと思っていましたが、昔は湿地帯だったそうでそこを避けて高台を歩いていたようです。お疲れ様。笑
平戸街道の一里塚は、だいたい一里 と言う場所に作ってありますが、最近作られたもので、あまりありがたみはないですねえ。
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こちらはご主人様を守って、蛇に殺されたという忠犬の墓。手前の二段に積まれた石がそうです。奥にはわんちゃんのための観音堂もあります。よちよち歩きの赤ちゃんにさえおびえて、私の後ろに隠れる我が家のワンコに拝ませたいものです。
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全面ツタに覆われた家。スタジオジブリなら背景に使えそう。
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相浦の中里宿にやってきました。ここは重要な宿場だったそうです。
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本陣跡はいまは魚屋さん。
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この飾り瓦は、菊とハスかな。
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相浦富士がきれいです。昔は相神浦松浦氏の山城があったそうです。
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このバス停の名前は嘘越。嘘・越?なんじゃらほい。
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と思っていましたが、ここから街道は半坂と呼ばれる難所を登っていきます。とはいえあそこまでかな・・・
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と思っていたら、道は曲がりさらに登る・・・ そのたびに うそ~! 影もない急坂を、何度もうそ~! と叫びながら登りました。それで嘘越? あと半分!と言ったから半坂? 振り返ると景色はきれいではあるのですが。
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調べたら 埴坂がなまって半坂になったようで、滑りやすい赤土の急坂の意味だそうです。ここはまた相神浦松浦氏と平戸松浦氏の合戦の場所だったそうです。
さて~ 何度も うそ~! と叫びつつ、コース最大の難所である半坂峠に登りあがりました。ここには駕籠立場がありました。駕籠に乗っている人はいいとして、担いでいる人は休まんば身が持たんよ。ほんと。
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ここからは急坂の下り、どちらから歩いたとしてもきつい場所ですねえ。そして口石一里塚跡にやってきました。以前は塚の高さは1mぐらいあったそうです。
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汗ダラダラで歩いてきたので、頭の中は かき氷 アイスクリーム 冷たい飲み物 であります。当然茶店に飛び込み、クーリッシュをなめなめしながら本日のゴールとなりました。

同行のみなさま、お疲れ様でした。
本日のルート
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あ~ 暑かった。来週水曜日は 佐々~江迎 を歩く予定です。
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by yamanosoyokaze | 2013-06-13 13:14 | 平戸街道
昔の賑わいを彷彿とさせる道
早岐~日宇~佐世保
歩行距離14.4km 行動時間5時間10分 標高差+381 -385

平戸街道をゆっくり楽しみつつ歩き出して三回目です。今日も晴天の下を、長崎街道歩きの時の一日で歩いた距離の半分を歩きます。
今回は早岐駅からスタート。そこでタクさんと合流して歩き出しました。平戸街道は案内表示がよく整備されていて、かなりわかりやすいです。
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あれ~ この案内標識の前に一里塚跡があるはずなんだけどなあ・・・ ちょっと戻るとありました~ 実はランチメニューはみていたんですよねえ。笑
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ここには街道マップもありました。黄色の道がそうです。
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川のサイドは家を張り出していて、独時の景観です。こういう風に家がくっついて立っているさまは、漁村ではよく見かけます。
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その川を見てみるとたくさん魚がいました。よく見ると~ フグ!
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川と言っても早岐瀬戸のすぐ側で、海水も入り込む場所のようです。
早岐の本陣跡にも行ってみました。今は病院になっていますが、門は残っていました。
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早岐と言えば茶市が有名です。江戸の昔からある市で、山の物と海の物を物々交換したのが始まりだそうで、その掛け合いが面白かったとか。今はそんなことはないでしょうけど、山の幸・海の幸・街の幸が所せまして並んでいました。まだ時間が早かったので人では少ないみたいですが、帰りに通るととっても賑わっていました。
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市の揚げたてのかまぼこを買って、かじりながら歩きました。アチッチのかまぼこは美味しいな~
早岐の街はあちこちに往時の賑わいを感じさせる街並みでした。
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石畳も残っています。
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今は道路ができたために寸断されています。白い壁の横が石畳です。
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車道を横断して、ちょっと登ると石畳が続いています。
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歩くと、昭和の香りが漂う街並みです。懐かしい思いにさせてくれます。
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要所要所にはこんな石柱があります。
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ここは平戸藩の鯉の池。
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鑑賞というより、食べていたんだねえ。
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今回はほとんど街の中の歩きでしたが、時々自然の中を歩くとほっとします。
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日宇を干拓した折原孫左衛門のおお墓にも立ち寄ってみました。
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すると、家のお墓に行きよる と日傘を差した女性がわざわざ登ってこられました。なんと、折原さんの子孫だそうです。
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平戸街道はわかりやすい表示が分岐にあります。ありがたいですね。
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こうして残っていると、嬉しくなります。
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実は一緒に歩いているマツさんとタクさんはこのあたりのご出身。懐かしい思い出の場所が多々あるようです。幼いころ歩いた道、遊んだ友・・・ 学校、川・・・ ついこの間のことのようで、遠い昔のことのよう・・・
猫山という面白い地名のバス停。
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そして、あの丘にあるのがかの有名な ジャパネットタカタ でありま~す。笑
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日宇の街も懐かしい匂い。
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お寺さんでお弁当。ここでハプニングが起こっていたのですが、その時はまだ知らず・・・
陸橋の上からは海と赤崎峰が見えています。
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昔の街道にはこうして石が並んでいたそうです。
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一里塚の跡も記してありますが、だいたい一里のところで正確ではないそうです。もっとも一里塚は塚ですから、こういう石柱ではなかったと思いますが。
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地名ともなっている山祇神社で一休み。あちこちにある山祇神社は、イザナギとイザナミの子どもで、オオヤマツミを祭ってあります。山の神様です。
ここから長~い坂道をどんどん下ります。いつのまにかけっこう登ってきていたようです。長崎では珍しい光景ではありませんが、旅人にとっては疲れる道だったことでしょう。
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この坂にはこんなものが! 優しい気配り。
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ふるさと焼酎 ぎんた と書いてあります。ぎんた・・・ 佐世保出身の友はよく そいぎんた と言っていました。長崎弁では そーばってん です。通訳すると、 そうなんだけど 。笑 その ぎんた かどうかわかりませんけど。
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そして体育館でゴール。その後アーケード街が通って佐世保駅に行きました。写真を見ると、佐世保一の繁華街を歩く怪しい面々が写っています。笑
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本日のルート
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街道は今の海岸線よりもずっと山手を通っているのがわかります。海岸線が今よりもずっと奥に入り込んでいたからでしょうか。それとも集落は山手にあったからなのかな。これを見ると、佐世保の街は近年になって繁栄した街のような気がしてきます。


さて、駅に着き、早岐までの切符を買おうとしたとき・・・ 冷や汗がどっと出ました。同行の皆さんには大変ご迷惑をおかけしました~ まことに申し訳ありませんでした。





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by yamanosoyokaze | 2013-05-09 18:52 | 平戸街道
自然の道が残っている
川棚~白岳狼煙場入口~白岳~宮村峠~四朗丸橋~小森橋~早岐
歩行距離14.5km 行動時間6:25 標高差+726m -665m

久しぶりの街道歩きです。平戸街道62kmを何度かに分けて歩き通すつもりで、今回が2回目。前回は彼杵~川棚を歩きました。今回は川棚~早岐を歩きます。

川棚に車を停め、最初にむかったのは常在寺。ここには水琴がありました。竹筒に耳を当ていると、金属のようなカンカンとした音が聞こえます。風流~
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そして、キリシタン墓碑もありました。1657年の郡崩れでキリシタンのお墓はことごとく破壊されたそうですが、1622年に没した富永二介の奥さんのこのお墓はなぜか無事だったそうです。
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さて、前回の街道歩きの終点の場所である川棚の庄屋跡にやってきました。ここは現在保育所になっているようですが、伊能忠敬もここに泊まっています。その前には案内板があり、平戸街道の絵図もあります。
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最初は台地に向かって登っていきますが、なかなかの急坂。この場所は 走り落て という所。走り落て とは、戦国時代、急な坂を馬の乗って駆け降りた松浦の殿さまが落馬したという話に基づいているようです。殿はこけても名が残る。笑
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また 走り落ち ともいわれていて、松浦党の御厨氏の内紛がおこった時、三兄弟の父か祖父が逃れてきたという話に由来しているそうです。三兄弟のお墓もありあます。
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ここからしばらくは気持ちのいい道が続きました。
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宮村峠へと向かうこの道は、ピクニックでもしているような気分になる気持ちのいい道です。
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ハマダイコンの花も咲き乱れ、昨年歩いた長崎街道でこの花の中を歩いたことを思い出しました。この花を見る度にきっとあの場面が脳裏を横切ることでしょう。
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長崎街道もそうでしたが、長崎県内は街道松の植樹が進んでいます。
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以前の姿を取り戻そうとしているようです。でも、管理は難しいようで何本も倒れていました。それで、ちょっとだけ補修。こんどは紐を持ってこようねと。
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松の根を掘り出した跡が点々とあります。この辺りは素晴らしい松並木だったようですが、なぜなくなったのか・・・ 明治34年測量の2万5千分の一地形図には、松が街道沿いに植えられていたことを示す・・・・・・・がはっきりと記されています。左右一対の街道松が何キロも続くさまはさぞ壮観だったことでしょう。
なくなったわけは、
①明治初期の学校教育の義務化で校舎用の建築用材として切り出された。
②松くい虫にやられた。
③第二次世界大戦の時に、松根油採取のためにことごとく伐採された。
だそうです。
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さて、街道からは少し離れていますが、白岳に狼煙場跡があるということで立ち寄ってみることにしました。
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今は木々が茂り展望は少しあるばかりですが、狼煙場の窪地は残っていました。標識の後ろがそうです。
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元にもどり、街道を歩くと、虚空蔵山のとんがりが魅力的に見えていました。
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ここは 一杯水駕籠立場。殿さまもここで柄杓一杯の水を飲んだと言われている場所です。水の出る所から稜線までの標高差はわずか57m。それでも、一年中水が切れることはないそうです。
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一里塚が復元してありました。両側に一対あります。宮と川棚の村境だそうです。
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宮村峠は平戸街道の最高所。258m。
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ここからしばらくは松の窪地跡と耳石(幅をはかった石?)があり、貴重な場所だそうですが、いまいちわからないなあ。
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パーッと前方が開けてきました。
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お~ ハウステンボスじゃございませんか。ガーデニングの大会が開かれているはず。行きたいなあ。
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周囲の木々はブロッコリーになっていて、若葉が美しい。おっと!もちろん歩いている人もね。
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舳ノ峯(へのみね)峠には番所があり、通行手形が必要だったそうです。へ~ そうなんだあ。と思いつつ歩いていましたが、その通行手形が! なんですよねえ。
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この木はハナミズキでちょっと見には紅葉に見えます。
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この花の咲いていたお屋敷のご主人が、「そちらは通り抜けできませんよ」と教えてくださいました。街道ではあるのですが、現在は途中で立ち入り禁止になっているとか。その後主人は私たちが街道歩きをしているとわかったので、「見ていきませんか?」と庭に案内してくださいました。するとそこには、以前舳ノ峯番所にあったという堺石がありました。驚き。「従是西平戸領」「従是西平戸藩支配所」と書かれています。明治の初め願い出て払いうけたものだそうです。「従是南大村領」の堺石は行方不明だそうです。
また写真左下の平たい石は お手付き石 で、往来手形を照合する際に台とした石。
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ご親切なご主人はさらにいろいろなものを見せてくださいました。
火縄銃の火薬を詰める棒やさすまたや槍やいろいろな文章。どれも貴重なものばかりでした。さすが旧家というようなもの。そして一番驚いたのは、通行手形!本物! 小さいものが庶民のもので、大きい方が位のある人のものだそうです。本物をみることができたなんて、なんとラッキー!
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ご主人やご家族のご親切に感謝しつつ、また歩きはじめました。すでに早岐の広田に入りました。そこには 矢通し石 がありました。天正年間に、平戸松浦氏の支配する広田城が大村連合軍(有馬・有田・波多氏)に包囲された際に、城から放った矢が数百メートル離れたこの場所まで飛んできた と言うのですが、それはなんでも飛びすぎ。オリンピック選手もびっくりです。笑
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早岐の駅が近くなってきました。素敵な出会いがあったり、物産館で買い物をしたり、最後はなんの旅だったか分からなくなりましたが、とても楽しい道でした。
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さて、今度は再来週かな。どんな旅になるのでしょう。
今回のルート
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平戸まではまだまだ
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by yamanosoyokaze | 2013-04-11 14:40 | 平戸街道
関東への山旅④ 日本一登山者の多いと聞くなる高尾山へ
八王子=高尾登山口=6号路~山頂~3号路~薬王院~1号路~登山口

昨日八王子で長崎組のHさんと合流し、今日は3人での登山です。
高尾山を選んだわけはいろいろありますが、日本一登山者が多いという山に興味があったこと。そして植物の種類が1321種もあるということなどが主な選定理由です。
実はこの山の魅力はそれだけではないということが後にわかってきましたが。

さて~ 始まり始まり~ 
ここはロープウェー駅前。あまり歩きたくない人はこれを利用するようです。
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本日は谷道である6号路を登ることにしました。谷沿いならば花が見れるかな~ と思ったからです。この案内地図では赤茶色の道で、琵琶滝の傍を通っていきます。
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案内図には6号路のことをこう書いてありました。
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お地蔵さまが祭ってありました。何も知らなかったけど、高尾山って霊山かな。
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この道は歩き始めるとすぐにいろいろな花に出会えます。
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ということで~ 足は進まず。笑 たくさんあるヨゴレネコノメソウ。
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ニリンソウもいっぱい。
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ハナネコノメソウは九州で言うシロバナネコノメソウとにていますが、なんか違うような感じ。後で調べると、ハナネコノメは額の先が丸い、軟毛が少ない だそうですけど、ちょっと見た目はあまり変わりません。
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琵琶滝は霊場になっているようで、独特の雰囲気があります。
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道は歩きやすく、散歩気分。
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少し傾斜がついてきても、いい感じの道です。それにこの道人が少ない。
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ここではエイザンスミレはごく普通に見られます。その他のナガバノスミレサイシンやヒナスミレなども普通にみられます。さすが花の山。
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ヤマルリソウもいっぱい。
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ルンルンの道の最後はやっぱり登りだ~
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それでも歩きやすいと思いました。
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ダンコウバイやアブラチャンもたくさん咲いていました。
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しばらく登ると、立派なお手洗いがありましたので、お借りしました。そのお手洗いは4億5000万円かかったんだって。やっぱり東京都はお金持ち。笑 中は着替え」ができるスペースもあり、いたれりつくせり。
ほどなく山頂~ 山頂なんだよねえ・・・
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高尾山! ってりっぱな標識があると想像していたんだけど・・・ ??? 思わず「ここが山頂ですか?」って聞いてしまったよ。笑
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しかし、振り返るとありました~ 
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昨日登った丹沢が見えています。なんか感動~!雲ってなければ富士山やスカイツリーも見えるんだって。
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タムシバかな~
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ビジターセンターにも立ち寄り、ゆっくりと鑑賞。でも登山靴を脱がなくちゃいけないのでねえ。これは登山者には入るなといっているようなものなんですよねえ。
ビジターセンターの方にお勧めの下山道をお尋ねしたところ、1号路を紹介してくれました。ただ今工事中で一部通れないので、3号路を使って薬王院経由で行くことにしました。これが、この山のことをより知ることになったのです。3号路を進むとビジターセンターの方の言ったとおりヒナスミレの群生にであいました。驚き~!!
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こちらはタチツボスミレの群生。
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そして、薬王院に着きました。
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こんなところが山中にあるなんてちっとも知らなかったのですが、霊山だったのですね。

正式名称「高尾山薬王院有喜寺」は今から1260余年前の天平16年(744)に、
聖武天皇の勅令により東国鎮守の祈願寺として、高僧行基菩薩により開山されました。

薬王院の名は創建当初、薬師如来をご本尊とした事に由来します。
現在は真言宗智山派の大本山として「成田山新勝寺」「川崎大師平間寺」「高尾山薬王院」が三大本山として知られております。

 南北朝時代の永和年間(1375)には京都醍醐山より俊源大徳が入山し八千枚の護摩供養秘法の後、
今のご本尊「飯縄大権現(いづなだいごんげん)」を奉祀し中興されました。

戦国期、飯縄大権現は戦国武将の守護神として崇敬され、上杉謙信や武田信玄の兜表にも奉られ、
また北条家の手厚い保護も受け江戸期に入ると徳川家(特に紀州家)との仏縁により隆盛をむかえます。

 古来、高尾山は修験道のお山といわれております。
修験道を修める人のことを山に臥し野に臥しながら修行することから「山伏」と呼ぶようになりました。

高尾山には、今もなお「琵琶滝」と「蛇滝」の二つの滝を擁し、滝修業の道場として、一般の方にも門戸を開いております。

だそうです。全然知らんかった~
山伏 って山に臥して修行するから 山伏 なんだねえ・・・

ほら貝が鳴り響き、何やら始まりました。何やらの何はわかりませんが。黄色の衣装の方がほら貝を吹いています。鮮やかな衣装。傘の下の方が偉い方でしょうねえ、もちろん。
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ここには天狗さんがいっぱい。こちらは烏天狗。
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あちこちに天狗さん。
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匂いにつられて入ったお蕎麦屋さんのお蕎麦も天狗蕎麦。
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この後はだらだら車道歩き。といっても車は制限されているので人道だけどね。道の側はヤマルリ畑。
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トウゴクミツバツツジも咲いていました。
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このコンクリートの道歩きは苦手だけど、ここを歩かなければ高尾山の違う姿を見ることはできなかったでしょうね。一度はこのルートを歩くべきかもね。でも二度目があるかは不明だけど。笑

高尾山ってハイキングの山だと軽く思っていましたが、歴史のある山だったんですね。確かに縦走をしない高尾山は登山としては物足りないかもしれないけど、花いっぱいで四季折々に楽しめそうです。展望も雄大で人気のあるのがうなずけます。

さて、下山して電車で移動して今宵の宿にむかうのですが、その話はまた後で。



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by yamanosoyokaze | 2013-04-02 10:45 | 平戸街道
ここも見どころいっぱい
歩行距離13km 行動時間6時間
長崎街道を歩いた面々は、山とはまた違った街道歩きの楽しさを知りました。長崎街道歩きがすべて終了し、達成感と終わった寂しさを同時に味わうことになりました。そして、心のどこかでもう少し歩いてみたいと思うようになっていました。そして、今度の目標は平戸街道歩きです。

平戸街道は彼杵~田平までで諸説あるようですが、64km。平戸藩主の参勤交代や、長崎勤番の道でした。寛永18年(1641年)、オランダ商館が平戸から長崎に移ったので、福岡藩・佐賀藩が一年交代で長崎港の警備に着くことになったけど、九州のほかの外様大名も長崎奉行の要請で、必要に応じて長崎警備に着くことになりました。このことを長崎勤番というそうです。
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まず、彼杵の思案橋からスタート。そしてすぐに彼杵元禄港見学。
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祇園社の屋根飾りが面白く~
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街道を歩くとこういう万部塔があちこちにあります。それは明暦3年(1657年)、大村藩で411人のキリシタンが殉教した「郡(こおり)崩れ」の後、領民が仏教徒であることを証明するために建立したそうです。悲しい歴史の遺産です。
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時は春~ 梅の花や椿に彩られた道ですが、つくしもいっぱい。
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さて、音琴(ねごと)地区までやってきました。海に面した事代主神社にもたちよってみました。事代主神(ことしろぬしのかみ)は大国主神と神屋楯比売神(かむやたてひめ)の間の子供で、信託を授かる神としてあがめられているようです。この神様は釣りが好きだったそうで、恵比寿様でもあり、漁の守り主です。裃のようなものを着た恵比寿像がありました。これは船の形をしたお手水鉢。
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近くの弁財天にも立ち寄ってみました。ここの弁天様はとってもきれい。
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国道が拡張され、少々わかりにくくなった道をたどり、清水川の湧水のところまで行きました。ここは何百年も涸れたことがなく、田畑までうるおし、旅人に喜ばれていたそうですが、近くの工場がボーリングして取水したので、涸れてしまったそうです。残念。
川棚の両領ヶ谷堤(現在 百津堤)で昼食をして、歩き出しましたが、今日は川棚で終了なので、もうすぐゴールです。一里塚はあちこちにあるようですが、どれも近年のものです。
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長浜大名神宮へも立ち寄りました。壱岐郡芦辺町の安国寺に所蔵されている大般若経(591巻)は、当初応永27年(1420)長浜大明神宮へにあったものだそうです。文明18年(1486)、安国寺へ壱岐の安国寺へ移しました。昭和58年に591巻全巻が国の重要文化財に指定されましたが、なんと、平成6年に盗まれていることがわかり、現在全巻が行方不明になっているそうです。どこにいちゃったんだろう・・・

と言うわけで、平戸街道ある歩く一回目の旅は終了しました。川棚の駅に向かう途中からは虚空蔵山のとんがりがきれいにみえていました。
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本日のルート
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二回目は4月になってからな。



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by yamanosoyokaze | 2013-02-28 11:29 | 平戸街道