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カテゴリ:長崎街道( 18 )

またもや歩いて
長崎出島~日見峠~日見宿~矢上宿~藤棚茶屋~市布駅
歩行距離20km 歩行時間6時間50分
hirokoパパさん hirokoさん タクさん マツさん ミーさん bambooさん そよかぜ

昨日長崎街道を全部歩いて、打ち上げも終了しました。でも、ある日突然ふらりと始めた街道歩きだったので、ほかの人は長崎一番と勝手に呼んでいる上記のルートを歩いてないのです。これはちょっと責任を感じましたので、本日歩くことにしました。

長崎一番はほかのルートと比べると、見どころ満載なのではありますが、そんなにゆっくりと歩くわけにもいきません。そこそこのスピードを保ちながら歩くことにしました。

今回は木曜日がお休みのタクさんにも声をかけました。なにせタクさんは歩きのスペシャリストですからね。

最初は出島から歩くことにしました。だって、長崎街道が重要だったのは、外に開かれた唯一の港だったからで、ここからの情報や物を求めてやってきたのでしょうから。
出島のきれいな石垣を見ながら出発。
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ここは大波止の波止場跡。今は埋め立てられているの面影はありませんけどね。
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さらに出勤中のみなさんに交じって県庁の中へ。なになに~ どうして~ つまり、こんな碑があるのですよ。
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それからも次々現れる説明版や〇〇跡にみなさん驚いておりました。でしょう~ 長崎だけでもしっかり見ると一日終わっちゃいますよねえ。そして、本日絶対見逃してはいけないのはこれ!
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これを見ずしてなんとする!でもなぜここなのかは私には不明ですけど。このあたりもたくさん見どころはありますよ。あちこちにね~。往時の石橋もそのままあったりするんだから。それは前回のに譲ることにします。この石仏なんだか雰囲気があるなあ。
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そして前回見逃した追分石も見つけました。
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街道は細い道を登って行きますが、いきなりボッカのお兄さんが・・・ なぜ~ こんなところに~ 実は生協のお兄さん。車の入らない長崎の路地奥の家に運んでいるんですって。ご苦労様。
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長崎の街にさよならして日見峠へと登っていきます。
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何軒かの茶屋もあり、西の箱根と呼ばれ難所で、番所もあり取り調べも厳しかったそうです。
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今は番所跡の立札があるばかり。
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そしてここが峠を通らずに行けるように作られた切り通し。日本最初の有料道路で、通るにはお金が必要でした。
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峠からどんどん下っていくと、歯痛観音があります。まだ痛みますか~?
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日見宿を過ぎるとまた少し上り坂。そこは腹切り坂と言われる場所です。戦いを挑んで敗れた武士がメンツのために切腹したと言われるところです。
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腹切り坂は難所だったそうですが、今も難所で~す。草ぼうぼう。
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なんでこうなるの!今日は藪漕ぎの予定はなかったのに・・・ 街道歩きでしょう。
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藪を抜けると立派な領堺石があります。
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大楠も見て~ すごい大きさですよ。
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矢上神社でお弁当を食べたり、マツさんのお宅にお邪魔したり~
彼岸花がきれいでした。
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最後は藤棚の茶屋跡。
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本日のルート
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これで長崎街道は終わりかな。
でも、もし歩きたい方がいたらご連絡くださいませ~
ご一緒いたしますよ。部分的にでも。笑



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by yamanosoyokaze | 2012-09-29 17:21 | 長崎街道
長崎街道⑰ 塩田道を歩く
轟の滝公園~嬉野宿~塚崎道分岐~丹生神社~塩田宿
歩行距離14.5km 行動時間4時間45分
ミッセルさん ISさん マツさん ミーさん bambooさん みつばさん hirokoパパさん hirokoさん ぼん天棒さん そよかぜ

いよいよ長崎街道もラストウォークになりました。今日で長崎街道と呼ばれている道はすべて歩いたことになります。今回のルートは短く、もう歩かなくてもいいかな とも思いましたが、これだけ歩き続けたのでやっぱり最後まで歩こうと思いました。塩田~嬉野にしようかとも思いましたが、いつもどのルートも長崎から門司に向けて歩きましたので、最後もそのようにしたいと思いました。

さて、轟の滝に集まったメンバーは元気に出発です。
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嬉野の町は温泉とお茶が有名ですが、一歩はいると豊かな水に恵まれたところでもあるのです。
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温泉街を街道は通っています。いや街道にそって温泉街が発達したのでしょうね。ある温泉ホテルの前にすごい車が~ 乗ってみたいと思いましたが、ほっかむりをした怪しい集団では誘ってもらえず。笑
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街道歩きをして知ったことの一つに、主だった宿場には必ず西と東に構口(関所のようなところ)があるってことです。こちらは西構口。
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本日は時間もたっぷりあるので、豊玉姫神社にも立ち寄りました。このお姫様は乙姫様とも言われていますが、海の龍神でもあります。また美肌の神様とか。嬉野は美人の湯で知られていますからね~
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中にはしろなまず様がおります。水をかけて祈ると願がかなうとかで・・・
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何を願っているのかって・・・ それは・・・
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この中のある言葉・・・ しわ退散 であります。今日はスケッチの小学生がたくさんおりまして、しわしわ 話しているおばさんを見て、笑う子・怪訝な顔で見ている子・・・ あなたも50年後にはこの気持ちがわかるでしょう。笑
さてさて、こちらは東構口。
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西と東の間が宿場町だったということで、案外短かったことがわかります。
佐賀は有田焼でも有名で、陶器の板が街道に埋め込んであります。
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とっとこ歩いて、塚崎道の分岐までやってきました。以前はここを左に進み塚崎(武雄)宿を目指しました。今日は右に進み塩田宿を目指します。
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稲穂がたれ、収穫の時を待っています。
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塩田川を渡ります。お~ あの風呂敷包みを背中にしたお方は・・・ ぼん天棒さん。笑
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めでたく合流して、塩田宿まで一緒に歩きます。塩田川の流れはゆっくりと・・・ 川に雲が映ってとってもきれい。
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あちこちに彼岸花が咲いている道です。
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街道歩きでは六地蔵もたくさんありました。ここにも。
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ちょっと寄り道して丹生神社でお弁当。丹生神社は6っつもあるんだそうです。そしてまたしばらく歩くと小さな塞神社がありました。
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私たちが行くと、そこを守られているご近所の方がいらしゃって お茶でも と言ってくださいました。10人もいるので遠慮しましたが、差し入れにドロップをくださいました。暖かい心に感謝です。
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もぐら石があるという所には二体の恵比寿様が。街道歩きでは恵比寿様にもたくさん出会いました。
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でも、肝心のもぐら石がわからず、お店に飛び込んで聞いてみました。すると、この石だと・・・ 案内板もなにもなく、言われないとこれがもぐらとはとても思えず・・・
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また塩田川を渡ります。昔は川を渡るのは大変だったでしょうねえ。
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塩田宿に近いところにも丹生神社があります。ここは由緒がありそうな神社でした。
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面白かったのはこの狛ちゃん。あの狛ちゃんは子どもをおんぶしています。
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うんの狛ちゃんはなんとおっぱいを飲ませています。
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天井絵も素晴らしいです。
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できたころはさぞきれいだったことでしょう。
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塩田宿ももうすぐです。長かった長崎街道歩きもこれで完全制覇。ちょっと自分に感動。
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しかし、感動に浸る暇もなく、来たバスに飛び乗って嬉野に戻りました。だって、バスは一時間に一本なんですから。笑
本日のルート
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最後に

長崎街道全歩行距離408.8km 全行動時間129時間40分

長崎街道本道 歩行距離280.8km 行動時間86時間
 2月 4日 長崎駅~長崎県庁~日見峠~日見宿場~矢上宿場~古賀の藤棚~市布駅
        歩行距離20km 行動時間6時間40分

 2月10日 市布駅~藤棚~井樋ノ尾峠~永昌宿~鈴田峠~岩松駅
        歩行距離20km 行動時間6時間20分 

 2月16日 岩松駅~大村宿~松原宿~千綿宿~彼杵宿~彼杵駅
        歩行距離31km 行動時間8時間30分

 2月29日 彼杵駅~俵坂峠~嬉野宿~塩田道追分~渕の尾峠~塚崎(武雄)宿~武雄温泉駅
        歩行距離28.5km 行動時間9時間

 3月 7日 武雄温泉駅~塚崎宿~北方宿~焼米宿~小田宿~牛津宿~牛津駅
        歩行距離26km 行動時間8時間

 3月14日 牛津駅~牛津宿~久保田宿~佐賀城下~堺原宿~神埼宿
        歩行距離27.6km 行動時間8時間25分

 3月31日 神埼駅~神埼宿~中原宿~轟宿~田代宿~田代駅
        歩行距離22.5km 行動時間6時間45分

 4月14日 田代宿~原田宿~山家宿~冷水峠~内野宿
        歩行距離26.5km 行動時間8時間

 4月18日 内野宿~天道~阿恵~飯塚宿~小竹駅
        歩行距離24.5km 行動時間7時間30分

 4月19日 小竹駅~直方~木屋瀬宿~中間~黒崎宿
        歩行距離30.2km 行動時間8時間30分

 5月 9日 黒崎宿~小倉城下~大里宿
        歩行距離24km 行動時間8時間20分

長崎街道多良海道 歩行距離66km 行動時間23時間20分
 5月16日 永昌宿~長田~小江~湯江宿
        歩行距離18.7km 行動時間6時間57分

 5月23日 湯江駅~湯江宿~山茶花茶屋跡~古賀宿~多良宿~多良駅
        歩行距離22.8km 行動時間8時間 

 5月30日 多良宿~古賀宿~矢答峠~浜宿~鹿島城下
        歩行距離24.5km 行動時間8時間20分

長崎街道浜道 歩行距離25km 行動時間8時間
 6月 6日 鹿島城下~高町宿~稲佐神社~高町宿~六角宿~朝鍋宿
        歩行距離25km 行動時間8時間

長崎街道塩田道 歩行距離37km 行動時間12時間20分
 9月19日 鹿島城下(鹿島駅)~五の宮神社~塩田宿~鳴瀬宿~焼米宿(北方駅)
        歩行距離22.5km 行動時間7時間35分 

 9月26日 轟の滝公園~嬉野宿~塚崎道分岐~丹生神社~塩田宿
        歩行距離14.5km 行動時間4時間45分

旅の仲間
ISさん マツさん ミーさん hirokoさん hirokoパパさん ミッセルさん ぼん天棒さん bambooさん みつばさん ばあやんさん 俊ちゃん 信ちゃん そよかぜ

お世話してくださった方々
T&Mさん 五十嵐さん hirokoパパさん hirokoさん 俊ちゃん 信ちゃん

ふらりと始めた旅だったけど、たくさんの仲間と歩けたからこそ達成できた街道歩きでした。
たくさんの思い出ができました。たくさんの知識ももらいました。
何もかも、ありがとう。
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by yamanosoyokaze | 2012-09-28 20:16 | 長崎街道
長崎街道⑯ 塩田道を歩く
鹿島城下(鹿島駅)~五の宮神社~塩田宿~鳴瀬宿~焼米宿(北方駅)
歩行距離22.5km 行動時間7時間35分 
ぼん天棒さん hirokoパパさん hirokoさん ISさん みーさん そよかぜ

早春に歩き始めた長崎街道ですが、本道である長崎~門司間はすでに完歩。もう一つの長崎街道である長崎海道・多良街道も歩き終わり、残すは塩田道のみとなりました。

影の少ない街道歩きは、真夏はとても歩く気になりませんでしたが、ずいぶん涼しくなってきたので再開することにしました。鹿島駅前に集合した面々ですが、自分たちでもどんな歩きをしていたか忘れそうになっています。笑

鹿島駅前から殿橋までは歩いたことがる道で、ここ新宮も前回立ち寄りました。
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殿橋を過ぎて、いよいよ塩田道へと進みます。平野の中にぽつんと緑の塊があり、そこが五の宮神社。
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この肥前鳥居は銘記のあるものの中では一番古いのだそうです。
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案内板に書いてありますが、なかなか歴史のある神社です。
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ここの狛ちゃんはどことなく いなせ~
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後ろの丘は山城だったそうですが、今は三角点があるばかり。23.8mでも山城・・・
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塩田川を渡ると、いよいよ塩田宿です。
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大きな案内板がありました。
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ここの恵比寿さんは着色されています。
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塩田宿レトロ館には懐かしいものがいっぱい展示されています。個人のものもので、全国の骨董を趣味で集めたものだそうです。店内にあるミゼット。懐かしいねえ~。幼いころ、最初の車はこのミゼットだったような気がします。よくコテッと転んでいたような。それでも狭い道では大活躍だったみたい。
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高札場跡。高札場は町の中心だったところです。
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塩田宿は保全に力を入れています。どこもよく手入れされていますよ。
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一年に何軒か保全修理をしているそうです。きれいな街並みです。
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菅原道真が祭神の天満宮からは平野の中に五の宮が見えています。左手の小さな丘がそうです。
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この仁王様は由緒があるようですが、私には林家・・・ に見えます。すみませ~ん。
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塩田宿は、上げ潮に乗って船が上ってきたところです。塩田津といい、有田焼きの陶土を天草から運んできたそうです。これは大正時代の写真。
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その様子をステンドグラスにしてあります。
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こちらは現在の塩田津跡。面影はありません。
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この建物は現役です。はがくれ の字が見えます。葉隠とは佐賀鍋島藩の武士が武士の心得を書いた書物のことで、「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」の一節は有名ですね。
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こちらも現役みたい。
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塩田宿を抜けて、鳴瀬宿を目指します。途中にこのような所が。
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長崎街道とちょっと書いてあると、ふらふらと吸い寄せられる面々でして・・・ 中に入ると、陶器を販売していました。いいの~ こんな所に私を連れて行って。一日中でも動かんよ~ と思いましたが、面々はあっという間に移動開始。でもちゃっかり本日の記念品をゲットしたのであります。自分へのプレゼントということで。笑
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これから先は街道標識がたくさんあります。
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ここらへんに郡堺石があるはず と思っていたら、こんな印が。
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上にしっかり堺石がありました~笑
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街道は新道と旧道に分かれますが、私たちは旧道を進むことにしました。まっすぐ行くと平坦で歩きやすいのに、なぜグニャグニャと曲がりくねり、アップダウンがある道をつくったのでしょう・・・ 昔の人には最短距離を行くという観念はなかったのでは・・・ と私たちの見解。笑
実るほど頭を下げる稲穂かな。
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迷い道グニャグニャしながら、おつぼ山神籠石も見学することにしました。案内板です。
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こちらが史跡。神籠石とはなんぞや と思いましたが、この石垣自体のことをさすそうです。
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ここは水門跡で水が通るようにしてありました。
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さて、旧道に戻りますが、周囲は癒される風景です。
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鳴瀬宿は今ではあまり面影は残っていません。鳴瀬神社は雰囲気があります。
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狛ちゃんもひっそりと。
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天井絵がありました。
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鳴瀬宿について説明版がありました。
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ここにも昔は船が上ってきていたようです。
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歩を進め、追分につきました。追分踏切もあり、そのまま追分が地名になっています。
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そしてゴールは北方駅。
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来た列車に飛び乗り、肥前山口で乗り換え鹿島駅まで戻りました。
本日のルート
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有明海からは塩田宿も鳴瀬宿もずいぶん離れていますが、平坦なので上げ潮を利用して船が上がってこられたのでしょうね。
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久々の街道歩きで、距離は短いのに疲れましたね~
でも、今回のルートも楽しい道でした。
みなさま お疲れ様でした。

来週 嬉野~塩田 を歩くと完結します。 さびしいような・・・



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by yamanosoyokaze | 2012-09-20 16:46 | 長崎街道
隠れた所に名所はある
鹿島城下~高町宿~稲佐神社~高町宿~六角宿~朝鍋宿
歩行距離25km 行動時間8時間
ぼん天棒さん hirokoパパさん hirokoさん ミーさん ミッセルさん そよかぜ

今回は鹿島城下から歩いて、朝鍋宿で以前歩いた小田宿からの長崎街道と合流します。これで、多良海道と長崎街道が繋がるはずです。この道は浜道とも呼ばれ、多良海道~浜道は長崎街道多良通と言われていました。ともあれ、この道も長崎街道として幕府が整備した道には違いないようです。

鹿島駅に行くとぼん天棒さんのネット友、プクちゃんのご主人様がおみかんの差し入れを持って出迎えてくれました。ありがとうございました。
さて、鹿島城下に8時40分ぐらいに集合した面々です。もちろん、前回街道歩きが終わった場所まで引返してスタートです。
この時計は有明海名物のムツゴロウが透かしてあるのですが・・・ わからんね・・・ 写真では。
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それにしても、同じ鹿島市でも浜宿にはたくさんあった案内板ですが、鹿島城下は長崎街道のなの字も、多良海道のたの字もありません。それどころか今回歩いた街道で街道の字を見たのは一カ所だけ。もう少し力をいれたらどうかなあ~ ですから、街道歩きは詳細な地図を持って歩かなければ、ここはどこ~? の世界にすぐに突入してしまいます。
しかし、街道を歩くとそれらしい建物はありますよ。特に造り酒屋さんはその雰囲気を色濃く残しています。
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そしてこの宿、諸国屋さんは伊能忠敬も泊まったという由緒のある宿です。もちろん建物は変わっていますが、宿としてその名前が残っているってすごいですよねえ。
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昔は殿様しか渡れなかったという殿橋から多良海道と別れ浜道へ進みます。「この辺りは雨が降ると膝まで没する悪路が続き、通行が非常に困難であった」と地元の道路板石敷設記念碑にかいてあるそうです。地図だけで見ると、塩田宿を通るより浜道を通った方が近く、実際一里(約4km)短いのですが、干潟が多いこの道はぬかるむと歩くのは困難だったのでしょうね。
城下を抜けると麦畑が広がります。
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いいねえ~ こんな風景。
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ここは塩田川の渡し場のあったところで古渡と言います。、徒渡しだったようです。この塩田川は満潮の勢いで6km先の塩田宿まで大型の船が入っていたそうです。
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花に囲まれた地蔵堂。なんだか懐かしい気持ちになりました。私が生まれ育った町にも地蔵様があって、通るたびにあいさつしていたものです。
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こちらはちょっといろっぽい観音様~
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この清水(しょうず)は山が迫っている場所にあり、貴重な水場だったそうです。
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深浦と言う場所は奥まで海が入って来ていた所だと思います。今は干拓されていて畑や田んぼが広がっていますが、街道は山の裾に沿って遠回りについています。現在の道を歩くとずいぶんショートカットなのですが・・・
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この深浦聖観音堂には素晴らしい観音様があるようです。
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残念ながら見ることはできませんでした。
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歩いていると、こんなものが・・・ 不気味~ これは養殖に輸入されて、逃げ出した大タニシの卵みたいです。いっぱ~いありましたよ。およよ~
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深浦天満宮にはこんなかわいい天満様。って菅原道真のことかなあ・・・
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こちらは国土地理院の一等水準点。測量の時の基準になるそうです。
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八天宮の道標には、西高島道 南竜王道 と書いてあるようです。
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この道標はよ~く見ると、右かしまみち と書いてあります。
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まだまだ先は長いけど、彦島神社でお弁当。お社の後ろだけポコンと丘になっていて不思議な感じです。
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賑やかにお弁当を済ませて、出発。すぐに室島の六地蔵が彦島神社の後ろの小山のがけ下にありました。今は金網で囲まれています。
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六地蔵は保存状態がいいようで、顔もはっきりとしていました。
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隣には放生池跡。枯れたことのない池だったといいますが、今は石碑しかありません。
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説明版には・・・
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こちらは同じ場所にある、石塔群。
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ここら辺には集中して遺跡があります。何かミステリー的なものを感じる場所でもありました。
ここを過ぎるとしばらくは麦畑の中の一本道を延々と歩くことになります。陰のない道は暑い!でも車がめったに通らないので、それだけが救いです。
このお地蔵さまは錦江のいぼ地蔵。患部と菩薩さんの同じところをさわると、霊験あらたかに治癒するそうです。本当は頭をなでなでするべきなのでしょうが、そこはとっくにあきらめの境地に達しておりますので、歩くならやっぱり足でしょう と足をなでなで。
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この地蔵さんの台座には「忍来屋路の岐に我として 往も還も思一子」と書いてあります。老いた旅路の分かれ道で、往きも帰りも思うことは、一粒種の子のことばかりである と詠んだものだそうです。ホロホロ・・・
またしばらく麦畑の中を進むと、高町宿の稲佐神社の大鳥居の所につきました。この大鳥居は二本の柱をつなぐ横石の貫は一本の石から切り出したもので、類例をみないそうです。素晴らしか~
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街道からははずれるのですが、伊能忠敬も参詣したという稲佐神社にも行ってみることにしました。しかし・・・ 大鳥居から稲佐神社までの参道が長い長い。1kmぐらいはあります。
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そして~ 自然の石を敷き詰めた道が始まりました。素敵です。
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肥前鳥居の堂々の姿。
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途中にある仁王さんの足跡。どこが足跡かはよくわからんやったけど。
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たぶんこの仁王さんの足跡かなあ。
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すごく雰囲気のある鐘楼です。
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本堂も素晴らしい。
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狛ちゃんもお馬さんも山門もね。
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まるで奈良か京都に行っているような雰囲気です。こんな所があったとはねえ。この稲佐神社は16坊もあったんだって。
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感動しながらゆっくりと鑑賞しました。が~、街道まではまたもや長い参道歩きで~す。さあまた元に戻り歩き続けます。街道は麦畑の中が多く、大きな機械で刈取り中。何百万もするんだろうねえ・・・ と・・・
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立ち寄った吉村天満宮は、嬉野茶の産地である不動山の茶祖、吉村新兵衛の逸話が残っていました。
新兵衛の祖先は有馬からきて、白石秀津で庄屋をしていた。新兵衛は三代目だったが、役人を切って逃げ、吉村の地に逃げ隠れた。その後新兵衛は嬉野の不動山で茶業を広め、藩主鍋島勝茂に殉死した。
吉村は新兵衛は姓として使った地だったんですね。
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ここの狛ちゃんはおしゃれ狛ちゃん。お花とトンボ?
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この辺りは、麦&レンコン&玉葱の産地で~す。
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ようよう六角宿にやってきました。ここは何度も火事に合い、往時の面影はありません。。近くを流れる六角川は船渡しで渡っていたようです。
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この川はすごく蛇行しています。それを三代藩主綱茂が湾曲した部分を閉じて、新しい川床を作り流れをかえたそうです。地図で見るとよくわかります。
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とじた川は古川として残っています。
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そして閉じた部分が八丁あったので、今の八町がうまれたのだそうです。
さあ、ここを過ぎるとゴールは近い。大黒様が笑っています。
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そして以前歩いた長崎街道へゴール。以前見たエビス様がお出迎え。
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今回のルート
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長崎街道では
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今回の街道歩きでは勉強になることが多々ありました。
郵便局は次場の跡ということ。
鹿島地方では干拓のことを、江戸時代初期は籠、それより古いのを揚田、江戸中期は搦、明治になり干拓と言うようになったこと。
塩田川は暴れ川で、「塩田川で人が流されないと、梅雨は明けぬ」と言われていたこと。
などなど・・・
さあ次回は6月27日(水)に鹿島宿~塩田宿~鳴瀬宿~焼米宿を歩きます。これでほぼ終わりかな。




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by yamanosoyokaze | 2012-06-07 21:59 | 長崎街道
浜宿の街並みはいいねえ~
多良宿~古賀宿~矢答峠~浜宿~鹿島城下
歩行距離24.5km 行動時間8時間20分 標高差+638m -609m
ぼん天棒さん hirokoパパさん hirokoさん ISさん マツさん ミーさん ミッセルさん そよかぜ

今回も引き続き多良海道を歩きます。地図で見ると、前回の湯江宿~多良宿は山の中の道でした。多良宿でいったん海側に出ますが、また山側へと道は続いています。確かに湯江宿・多良宿・浜宿と港ではあったようですが、今まで以上に緑濃い山間部を歩くことが多いこの道に、多良海道と銘打ったわけがイマイチピンとこないのですねえ・・・ ネーミングには確かにロマンの響きはありますけどねえ。

さて~ みなさんと多良駅で合流して前回たどった道の続きを歩きます。多良宿と言いますが、古賀宿と多良宿があります。古くは古賀宿が栄えていましたが、度々の洪水により多良宿へと移ったようです。前回多良宿の方も散歩しましたので、続きは古賀宿を通って歩きます。

ひなびたのんびりとした雰囲気を漂わせている古賀宿を通り、川上神社へ。鳥居が残る神社跡。狛ちゃんもいない。寂しい・・・
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多良川の上流は、、もちろん多良山系で~す。
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さて、街道地図をよく見ると北方面に登っています・・・ が・・・ 道がないではありませんか。いえ、よく見ると畑道はあるのですが、その前に人家が・・・ すみませ~ん 街道みたいなので通らせていただけますか~? と厚かましく庭先を通過。お家の方も「どうも街道らしか~」だそうです。笑 忠実に歩こうとするたびにこのようなことが起こりますです。やれやれ・・・ 
そして道は続く。所々に現れる自然の道です。
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さようなら~ 多良宿(下流側)・古賀宿(上流側)。
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途中にこんな池がありました。木へんに虫・・・ なんて読むんだろう。
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スイレンのような、ヒツジグサのような葉っぱがあります。
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特に大きくもないのですが、大岩があります。目印だったんでしょうか。
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こちらは一里塚跡。あまり見どころもないのでここでは貴重。笑
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道はそれらしく続いています。
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時にはこんな所に突入。
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多良海道はこういう道がたくさん残っています。
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ここが出てきたところですが、標識がなかったら分からないでしょうねえ。
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矢答峠には水置場というところがあり、今も水が出ています。貴重な水場だったことでしょう。
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後ろには道標がありますが、ほとんど読めません。「太良嶽矢答路」「これより太良だけ道 貞享元年金屋町開村」と書いてあるそうです。
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矢答の部落には何軒か家があります。旅人も山中で人家に出会うとホッとしたことでしょう。街道歩きを始めたころには梅の花が咲いていました。今は初夏の花が家々を彩っています。
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花たちに励まされて歩いたことも度々です。さあ、がんばろう!
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なだらかに街道は続きます。昔はきれいな松並木だったそうです。しかし、矢答峠からは鹿島市になるのですが、案内標識は皆無。街道マップにはいくつか見どころとなるような場所があるのですが・・・ がんばれ鹿島市。
とちゅうから浄土山が見えてきました。こちらから見るとよくわかりますねえ~ 真ん中のポコンとした岩がチ〇〇岩。口にしてはいけない名前です。笑
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きれいな名前の花取バス停。一日3本運行です。
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花取堤でのんびり昼食です。
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鹿島市の方にどんどん下っていきます。途中はきれいな麦畑。麦秋ですねえ。
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クサフジもこれだけ咲くといいねえ。
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そして浜宿に到着。浜宿は大きく二つに分かれています。
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最初に通る所は地図では右下の庄金と言う場所です。
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ここはどちらかと言うと下町の感じがします。藁ぶき屋根の家屋がたくさん保存してあります。
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修理中。土壁や藁屋根の保存はなかなか大変だと思います。
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街の雰囲気を壊さないようにしてありますね。
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ここは街道と港がぶつかった所で賑わった場所のようです。
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今ではカモさんがのんびりと散歩中。
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お次は浜中地区へ~ ここでは何故か男性軍の勢いが違います。
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そうなのです!ここは酒蔵通り~ さっそくお店の中へ。試飲もたっぷりありますよ~ 断誘惑!
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で、甘酒アイスで我慢我慢。焼酎ケーキもあるけどね。
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街並みは素敵ですよ。
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昔にタイムスリップしそうです。
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手を入れて保存しています。
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こちらのお店では素晴らしい技術の作品が見られます。男性は見とれておりました~
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一歩入った所にある武家屋敷。
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部屋の作りも凛としていずまいををただしたくなります。
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街並みは続く~
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浜宿を出ると、鹿島城下に入っていきます。鹿島は祐徳神社が有名なのですが、それらしく欄干も赤い。
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列車の時間まで鹿島城内を散策しました。こちらは大手門。城内には学校がいっぱいありましたよ。広かったんですねえ。
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さて、地図で見るとなんで山手の方に街道はあるんだろう、海側の方が近いのに・・・ と素朴な疑問がわきました。資料を見ると、海側にも七浦道という街道があったようですが、山が海までせまり道が狭く、起伏が激しい難路だったそうです。やっぱりそれなりの理由はあったんですね。
今回のルート
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長崎街道では
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次回は6月6日水曜日 鹿島駅~肥前山口駅 を歩きます。とりあえず多良海道は歩きは終了かな。
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by yamanosoyokaze | 2012-05-31 18:33 | 長崎街道
自然の道が残っていた
湯江駅~湯江宿~山茶花茶屋跡~古賀宿~多良宿~多良駅
hirokoパパさん hirokoさん ISさん みつばさん ミーさん そよかぜ
歩行距離22.8km 行動時間8時間 標高差+814m -810m

多良海道歩きの2回めです。今回は湯江駅から続きを歩きます。

前回到着時間が早かったのにもかかわらず、湯江で終了したのには訳がありました。多良海道は永昌宿(諫早)~湯江までは比較的海に近い場所を歩いていきます。鉄道も近く交通の便も比較的いいのです。しかし、今まで北西に歩いてきた街道は湯江宿で北に進路を変え、海のそばを離れ多良山系の方向へと進みます。と言うことは、鉄道もなく、バス停もほとんどありません。ので、下手に入ると日が暮れてしまいます。

マイカーで出発地へ行き、到着地から鉄道で出発地へ戻ることにしている私たちは、小刻みに刻んで行かなければなりません。今回はほとんど山中を歩くことになります。

まずは湯江にある和銅寺に立ち寄ってみました。
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ここは古い創建のお寺のようです。
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和銅と言えば「和銅開珎」ですねえ~
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これを 「わどうかいほう」 と読む 貴方 古いです。今は 「わどうかいちん」 が主流です。笑 そのことについてはネットで調べると出てきますのでよしなに~ 調べる時も わどうかいちん だったらすぐに出てきますが、わどうかいほう だったら漢字もでてきません。まあ、私のようににわか歴史愛好家はどっちでもいい感じもしますけどねえ。
ここのお寺の仁王さまはすごいですよ~ もう朽ちようとしていますが・・・ こんな貴重そうな仁王さまはほぼ雨ざらしだし、触れることもできるんですよ。
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ここには龍造寺隆信のお墓もあります。
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龍造寺さんについては以下の説明文で~
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さあ、湯江駅に移動してhirokoパパさん方と合流しました。まずは平田川の地蔵さまにご挨拶。
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いきなりではございますが、本日の一番お気に入りのエビス様です。いい笑顔ですねえ。
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なんとなく街道らしい曲がり方。
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この境川には釣戸の渡しという所があったようですが、今は・・・ 写真ではちょっと上流のあたりのようです。
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橋から下流を見ると、向こうには雲仙が見えていました。
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川上神社は鳥居が四つもあります。三つあるのは格式が高いと聞いていましたが、四つは・・・?
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絵馬がいっぱい。
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この追分石は竹崎街道との分岐です。左たらだけみち 右たけざきみち と書いてあります。竹崎街道は主に町人が使っていたようで生活道路だったみたいです。長崎県内の標識はこういう石の物がたくさんありますが、最近作られたもので、〇〇跡という案内の物ばかりで、原型をとどめているものは少ないようです。
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今回のルートは自然の道が多いですよ。
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こんな場所や
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こんなところ
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そのままの形で残っています。
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しかし、どこが入り口か注意してないとさっぱりわかりません。なんの案内もないからです。これは出てきた場所ですが、どこから出てきたかわかりますか?そう、電信柱の横です。地図を念入りに見てないと、あっという間に違う道を歩くことになってしまいます。街道歩きとしてはそれでは意味がありませんからねえ。
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ちょっと捜索して見つけた猪の塔。これは鉄砲の名人があまりに多くの猪を殺してしまったので、供養のために建てたそうです。入り口は草や木々に覆われていますが、それっぽい階段があるのが目印です。
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そしてそのそばに倒れているのは多良岳一の鳥居跡です。何の案内もないので、調べてないと見落とします。
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そしてまた山に突入。目印はどなたかがつけてくださったようで、ペットボトルにマジックで多良道とかいてあります。でもこれもよく見ないと見落としますよ。
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けっこうな山道を汗をかきながら歩き、井崎橋までやってきました。資料によると、ここよりかなり離れた井崎部落の人が普請するように頼まれて作った橋とか。
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途中田んぼに肥料を巻いている所に遭遇。それがまるでミレーの種まきのようで見とれてしまいました。
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お腹もすいてきたので、山神溜池をみながらお弁当。いい場所でした。
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元気を取り戻し、長坂という山道を登ります。これはほとんど山登りでしょう。
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出てきたところは山茶花茶屋跡。近くに山茶花高原ピクニックパークがあるけど、山茶花と言う地名は昔からあったんですねえ。知らんかった。
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となりは山茶花神社。
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薊の生い茂る道へ突入。
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すぐに郡境石が現れました。 北藤津郡 南高来郡 とあります。
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これは多良海道編集委員会が作った立派な記念碑です。
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いよいよ佐賀藩に突入。こちらは八天神社。
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七曲と言う道も自然道。ここはけっこう長がかったですよ。
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出入口にはちゃんと案内板があります。長崎県の方はほとんど案内板なしで、道もかなり注意してなければ分からないのですが、佐賀県はちゃんと各所にこんな標識があります。黄色で目立つのでわかりやすかったですよ。
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景色がひらけ、太良の町や有明海が広がると気分も明るくなります。旅人もきっとそんな思いがしたのではないでしょうか。そんな所に弘法大使像があります。
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太良町には二つの宿場があります。古くは古賀宿と言われた山手の道が使われていたようですが、水害で壊滅したために海側の方に道ができました。そちらが多良宿です。案内は古賀宿を通る方に導いてあります。
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お~ また山道。
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さらに~
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なかなかで~す。
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佐賀県に入ってから見どころが少なくなっていましたが、宿場に近づくといろいろありますね~。こちらは六地蔵。
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こちへおいで と言っています。
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そしてみんなびっくりの藁ぶきのお寺、誓願寺。
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本堂も素晴らしい。
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極彩色で彩られています。でもどうして像さんなんでしょう・・・?
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それからもアップダウンを繰り返します。
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そして、夏坂という所。
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ここを下ってしまうといよいよ古賀宿は近い。
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出てきたところですが、案内標識がないと分からないかもね。
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今回は途中から多良駅の方に向かい、列車で湯江まで戻る予定です。ところが駅で時刻を見ると2時間余り待たなければなりません・・・ バスでも不便。で、多良宿の方まで行ってみることにしました。こちらは大魚神社。この神社にはいわれがあるそうです。
昔悪い代官さんを村人が沖の潮が満つと沈んでしまう島に取り残した。代官が祈りをささげると大きなぶりが現れ、背中に乗って戻ってきた。それで、地元の人は大きな魚は獲らないようにしている。大きな魚を取った人も何も言わずに前を通る とか。
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多良川から見ると多良山系。
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ちなみに 山は多良山系 駅は多良駅 役場は太良役場 当然町名は太良町
ゆっくりと見て回り、また駅に戻ってきました。
本日のルート
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歩いた多良海道
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さて今回のルートですが、標高差は見ると+-800mぐらいあります。これは十分に山登りです。最高点は400mを越えています。冷水峠が330m 俵山峠200m 鈴田峠240m 日見峠270m と比べてもきついルートだとわかります。
なぜこんなにきつい道を利用したかと言うと、
佐賀藩が長崎の警備をまかされた時に、最初は俵山峠を越えて大村藩を通って長崎へ向かっていたが、途中の塩田道が度々川の氾濫で通れなかったこと、途中の大村藩と仲が悪かったこと、などで多良道を作ったようです。
前回歩いたルートも今回のルートも長崎街道と呼ばれていますが、歩いてみたらやっぱり最初の道が本道ののような感じがします。
しかし、前回のルートは98%はコンクリートの道だし、開発によって通行困難な場所も多かったことを思うと、自然いっぱいの道で、往時のままである場所が多い点ではこちらが勝っていると思います。
さあ次回は多良宿から鹿島城下まで歩こうと思っています。



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by yamanosoyokaze | 2012-05-24 19:12 | 長崎街道
長崎街道 多良海道(浜道)を歩く
永昌宿~長田~小江~湯江宿
歩行距離18.7km 行動時間6時間57分
マツさん ミーさん ミッセルさん ISさん みつばさん そよかぜ

先日、長崎街道の長崎~門司大里までをつないで歩き、ようやくゴールした面々です。でもしかし当初から、長崎街道には今回歩いた大村湾側を行くコースではなく、有明海側を歩くコースもあることが分かっていました。それで、どうせなら長崎街道を全部歩いてしまおう と今回の計画となりました。

長崎街道の 多良海道または浜道 は以下のようになっています。
永昌宿(諫早市)~湯江宿~多良宿~浜宿~鹿島城下~高町宿~小田宿または六角宿

この街道は前回の大村湾沿いの道より資料が乏しく、マップも大まかなものしかありません。迷い道フラフラは必至でしょうねえ。で、ガイドブックを虫眼鏡でみながら、普通の地図に書き写すという地道な作業で手作りマップをつくりました。上手くいくかなあ・・・

さあ出発点は、前回永昌宿の分岐点となった場所です。
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近くにはこんなマップもありました。つまり、地図上では左下の方向の赤線が長崎方面で、前回はこちらを下から中央に向かって歩き、北上しました。今回は中央の分岐から東に進みます。破線にになっているのは道が消失している部分です。こんな所はなるべく近い場所を歩くように心がけています。
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こちらは四面宮(諫早神社)の狛ちゃん。なかなか元気なお姿です。
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ここのクスの木はご神木となっており、大きいですよ~
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ここのお楽しみは本明川の飛び石で~す。街道にはほとんど橋がなかったそうで、〇〇の渡しと呼ばれる場所がたくさんあります。多くは飛び石で渡ったようですが、裸足で渡った場所もあり、やはり難所となっていたようです。今ではその飛び石の面影はほとんどありませんし、立派な橋が架けられています。
この飛び石についての説明は以下のようです。
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生活に使っているのを示すように、ご近所の方が横断中です。
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街道はこの飛び石の向こうに続いていますので、私たちもピョンピョン~ なんか楽しいねえ~
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諫早は長崎から車で40分程度のところにあります。まじめに歩くと次の宿場といったところでしょうか。笑 でも、近いが故かもしれませんが、諫早に観光や遊びに行くといったことはあまりありません。ので、今日の歩きはとっても新鮮でした。こういう由緒のありそうな立派なお寺がたくさんあります。ここは常楽寺。
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こんな狛ちゃん?いやお寺だから・・・ なに?
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こんな極彩色の仏像?
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磨崖仏まで。
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本明川沿いを歩くと、川に降りる場所にはこんな門があります。本明川は水害が起こりやすいので堤防が作ってあるのですねえ。
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こちらの安勝寺は大きな建物です。雰囲気はまるで京都。
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鐘楼も素晴らしい。
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こちらのポストは石でできています。すごい!
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所どころにエビスさんがあります。懐かしい~ 佐賀城下を歩くとエビス信仰が盛んだったのをあらわすように、アチコチあったのです。なぜ後ろを見ているかだって・・・ それは・・・ まあ後ほどね。
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街道はあちこち曲がりくねり、国道を縫うように何度も横断します。それに消失部分もあり、なかなか大変。そして、街道の通りに歩くとこんなことにもなります。突入!
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でも、こんな所もありました。お~長崎県にもこんな所があったんだねえ。いい感じ。
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今回のルートは昔のままの所も所どころにありましたよ。
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切り通しもあり。
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ほんとかな~?と思うような所に標識有。
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ちちやのん坂とかさかなか坂とか・・・ 意味は不明だけど、残っているんですねえ。
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それにお参りする人もいます。守られているんだなあ。あれ~?どっちが?人が?神様が?
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六角堂のそばに天初院があり、そこにヒゼンマユミがあるので見に行きました。これがその花。
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ふつうマユミはピンクの感じだけど、黄色のようです。ツルウメモドキのような感じもしますねえ。
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多良の山麓を歩く道は気持ちがいいです。有明海の向こうに雲仙も見えています。昔の旅人も同じような景色を見ながら気持ちよく歩いたのでしょうねえ。
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本日の人気NO.1のエビスさんです。
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そうそう後ろを覗き込んでいるわけね。このエビスさんでご説明いたしましょう。
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エビスさんは鯛を抱っこしているわけですが、その尻尾はエビスさんの後ろ側に巻きつくように続いているわけです。でもないものもありますが・・・ ある時にマツさんがその尻尾を「エビスさんはリボンをつけている」と言ったもので、大笑いになりました。まあそのエビスさんの抱いているタイのしっぽはまるで蝶々のようではあったのですが。その時から必ず後ろも確認するようになりました。
そしてこのエビスさんは尻尾もリボンもありますで~す。
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この狛ちゃん?は最後に立ち寄った湯江宿の光宋寺のものです。こういうのが多かったですねえ今回は。
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湯江の先からは多良の山の方へと登っていくので、時間は早いですが本日はこれまで~ もし先へ行ったなら途中で日が暮れても交通手段はありませんから。
湯江~諫早間は270円。なのですよ、本日も安!
今回のルートは今までと違い細かいアップダウンがあり、体力的にはなかなか辛い道でした。でものびやかで気持ちがいい道でもありましたよ。道には新しい道標がありますが、分かりにくい肝心な所にない と言ういつものパターンでした。ですからかなり難しかったですねえ。
距離の割にはスピードも出せず、捜索も多く、なかなか大変でした。
本日のルート
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多良海道では~ まだ先は長い
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次は5月23日 水曜日 に 湯江から歩きます。
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by yamanosoyokaze | 2012-05-17 18:18 | 長崎街道
長崎街道の終点へ 感激のゴール!
黒崎宿~小倉城下~大里宿
歩行距離24km 行動時間8時間20分
マツさん ミーさん ISさん hirokoパパさん hirokoさん ばあやんさん 俊ちゃん 信ちゃん そよかぜ

2月4日思いつきで始めた長崎街道歩きです。今まで10回歩き、本日で最終目的地である門司の大里にゴールする予定です。ブームとか長崎で開催されている「さるく」とかの意識も知識もまったくなく、自分の思いだけで始めた街道歩きですが、歩き始めると思いのほか整備されていることが分かってきました。ただ、統一されているのではなく、その所々の行政にまかされてはいるようですが。

さあ、本日は北九州の黒崎から歩きます。長崎から黒崎まで高速で3時間ほどかかります。遠いなあ・・・ それでもここまで歩いてきたことに感慨を覚えるのでした。

黒崎にはhirokoパパさん・hirokoさん、そしてばあやんさんも待っていてくれました。ばあやんさんは何度か参加したいとお申し出がありましたが、なかなか日程が合わずようやく最終日にご一緒できました。よかった~!

さて、まず前回の終了地点の旅籠であった桜屋跡に行きました。そしていよいよラストウォークの始まりです。
歩き始めてすぐにこんな看板が・・・ 街あげて保存しようとしているんですねえ。
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そして道にもね。
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こちらは構口跡。構口とは番所のことで、旅の人は厳しく監視されており、必ず通って検査を受けなければならなかったのです。だからどこの宿場にも構口は出入口である西と東にあります。
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近くに公園のような所があり、長崎街道の案内がありました。この常夜灯は黒崎の湊を照らしていたもののようです。
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この公園の背後の小山に黒崎城がありました。
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先ほどの構口の案内もこの公園にあります。このように現在ではまとめて保存したり資料館に移築したりで、そのまま昔の場所にあるものは少ないようです。
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こちらは一里塚跡。跡ですからね~ 一里塚は言葉の通り、一里ごとに塚(小山)を作って街道の目印にした ものであるはずなのですが、現存しているのは佐賀県に一つと、長崎県にそれらしい感じの所が一カ所のみでした。
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国境石が二基ありますが頭がかけています。それにもともとはここにあったのでなく、移築されたもののようです。従是(これより)東豊前国小(倉領) と書いてあります。
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対面にもあります。こちらも頭が欠けています。従是西筑前国。
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本日のルートはずっと街中の歩きです。それにお楽しみの狛ちゃんも鬼瓦も少なそう・・・ で、ちょっくらこちらの天満宮に豊山八幡宮に寄り道~
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スペースワールドの傍を街道は通っていますが、街道自体の道は消失。なるべく近い所を歩くしかありませんねえ。
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と思いきや、なんと頭上に! きっと高架下の空きスペースを有効活用しようというのだろうけど、それでも嬉しいな。
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本当に稀だけど、こんな標識があるとやっぱり嬉しくなります。
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これは巨大な国境石です。もちろん後の物のようですが~ この石、長崎街道歩き中で一番の高級住宅地の真ん中にあります。言うなれば~ ビバリーヒルズの一等地にあるのですよ。
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この石様の土地代はいかほどか~ 億? そんなことよりも中身中身。従是西筑前国 と書いてあります。しかしまあ・・・ すごい邸宅ばかり・・・ 小路だってこんなにステキ。と、すぐに頭に万札が飛び交うそよかぜでした。
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教えてもらって一里塚跡も見学。でも塚にして欲しいなあ・・・
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この高見という所は、のんびりとしたくなるような雰囲気のある所で・・・ お弁当タイムも含めて1時間ぐらいまったりしてしまいました。笑
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こちらは九州鉄道茶屋町橋梁です。素晴らしいレンガ積み。
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水かけ地蔵さんもありました。ここで旅の人はどんな願いをしたのでしょう。
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そしてついに小倉城下にやってきました。こちらは清水口門跡です。
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この朝日新聞は懐かしい感じ~
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こちらは到津門口。長崎街道の出入り口になっていたようです。絵図では左の真ん中ぐらいが到津門口です。
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そろそろ、俊ちゃん・信ちゃんのことが気がかりになってきました。小倉駅から逆に歩いてきて出会うことになっています。でも長崎街道は迷路のようにあちこちに入り込んでいるので上手く出会えるか・・・ 一つ通りを間違うと出会えないかも・・・ と思っていたらオ~イ!の呼び声。良かった無事に遭遇。そして一緒にゴールまで歩くことになり、さらに賑やかな旅となりました。
こちらは安国寺にある芭蕉の句碑。「八九間 空で雨降る柳かな」と書いてあるそうです。
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お寺の方が丁寧に説明もしてくださいました。
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それらしい跡が残る大門あたりです。
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そしてついにやってきました常盤橋。多くの書物ではここが長崎街道の起点となっています。つまり、九州の日本橋です。木の橋で復元されています。
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ここまできたんだねえ・・・ なんだかちょっとウルウルになりました。
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俊ちゃん・信ちゃんの差し入れの街道饅頭。ちゃんと象さんがついています。食べるのがもったいない!けど食べた~
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しかし、ここでいつまでも感慨に浸ってはいられません。実は門司の大里が終点と言う説もあるのです。小倉下関は12km、大里下関は6km。江戸中期以降は参勤の大名の8割が大里の湊を利用したそうです。となれば名前だけの常盤橋より、大里の方が本当の終点というにふさわしい気がします。
なお、大里(だいり)はもともと内裏と書いたようです。これは源平の戦いの時に、この地に幼い安徳天皇の御座所を作ったからだそうです。
さあ、後一がんばり!
橋を渡ると、大きな基準点がありました。一級都市基準点となっていますが、初めて見たような気がします。どちらがついでかわからないけど、伊能忠敬記念碑や街道の陶板もありました。
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街道はアーケードの中を通っています。街道一賑わっていました。
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そして突き当りのデパートの中を突っ切っています。なにやら不思議な集団が、商品に目もくれずトットコ歩いていくさまは可笑しかったでしょうねえ。なにも好き好んで中に入ったわけではなく、街道がデパートを通っているんだもんね。
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出ると、ねっ!街道は続く~
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海の香りがしてきたら門司口橋でした。ここには門番が20人もいたそうです。
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その先に閻魔堂があり、ちょうど寄り合いがあって、すすめられるまま靴を脱いで中に入らせていただきました。閻魔さまはあまり恐くありませんでしたよ。
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お茶もいだだいて、おまけに願掛け地蔵を持ち上げさせてもらいました。かなわない願いの時は持ちあがらないそうです。信ちゃんは軽々~
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しばらく進むと道は消失。仕方がないからなるべく近くを歩きました。いつか歩いた小文字山が見えています。
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消失したかと思うとふと現れたり~ けっこうこんなことが多かったですねえ。
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そして門司のレンガの建物の所にやってきました。
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街道らしい雰囲気はすでに失われています。ただ何とか跡と言う石柱があちこちにあるだけです。
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賑やかだったころの大里宿。
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少しだけ、当時をしのばせる湊。
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きっとここ辺りから海峡を挟んである下関に渡っていったのでしょう。
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ここで俊ちゃん・信ちゃんがゴールインの印にテープ張ってくれました。みんなで手をつないでゴール!
思えば遠くにきたもんだ。よく歩いてきたなあ・・・ 歩けばいつかは着く! 小さなチャレンジだったけど、やり通したことの満足感が心を満たしていきました。
すでに日は傾き、夕日が海を照らしています。楽しかった街道歩きも終わります。
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たどり着いた宿場
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本日のルート
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長崎~大里まで
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行動日数    11日間
全歩行距離   291.8km
全行動時間   88時間

長崎街道歩きに参加した旅人
長崎藩 マツさん ミーさん ISさん ミッセルさん bambooさん そよかぜ
福岡藩 ぼん天棒さん hirokoパパさん hirokoさん ばあやんさん 俊ちゃん 信ちゃん
茶店のご主人
T&Mさん 五十嵐さん
旅籠のご主人
hirokoパパさん hirokoさん

旅の思い出とともに、みなさんの暖かさは忘れません。
みなさん 本当にありがとうございました。



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by yamanosoyokaze | 2012-05-11 09:07 | 長崎街道
長崎街道を歩く⑩ 素晴らしい松並木
小竹駅~直方~木屋瀬宿~中間~黒崎宿
歩行距離30.2km 行動時間8時間30分
マツさん ミーさん ISさん hirokoパパさん そよかぜ

昨日小竹駅で終わった街道歩きです。その後は温泉&食事、そしてhirokoパパさん宅にご厚意で泊めていただきました。本当にありがたいことです。ゆっくり休ませていただきました。あれやこれやお気遣いいただいて、ただただ感謝です。ありがとうございました。
さて、小竹駅まで車で移動し出発です。今日の目標は黒崎宿。かなり距離がありますので、のんびり歩くわけにはいきません。
といっても、毎回けっこうなスピードで歩いているのですけど。つまり、1と数える間には2歩は歩きます。もっと速い時には3歩。それは歩き初めから終わりまで変わることはありません。
休憩は午前1回・昼食・午後1回。ただ見どころがあると立ち寄るので、いい休憩にはなります。しかしながら福岡県に入ると、宿場以外にはあまり見どころがなく、ただただ歩くことが多くなっています。

さあさあ~ 歩こう~ 歩けばいつかはたどり着く。
本日もハマダイコンの花の咲く河原を歩きます。
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奈良津の唐戸と言う場所がありました。この唐戸は遠賀川の治水のために作られたそうです。川上側の石の柱は回り、ゴミを受け流す仕組みになっているとか。すごいねえ~
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それまで何の案内もないのに、突然こういう石柱が現れることがあります。でもどこに案内しているのか不明なことも多く・・・
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春はいいですねえ~ 木に花もいっぱい咲いています。
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直方に入ってきました。この看板・・・ 古美術・コンピューター・病院・・・ なんでもござれ~
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これはまさしく鬼瓦。
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多賀神社に登る階段からは直方の街の向こうに福智山が見えています。やっぱり山が見えると嬉しいな。
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多賀神社は立派なお社です。この花は桜だそうです。まるでマンサクのような花びらです。
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この鳥居は宝永の鳥居。宝永とは元禄の後、正徳の前。1704年から1710年までの期間で、古い絵図にもこの鳥居が描かれているようです。と調べたからわかるけど、本当は宝永がいつごろなのか知らなかったよ~ん。
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この立派なお方は貝島太助さんでやっぱり炭鉱王の一人だったそうです。筑豊御三家は麻生・貝島・安川だったようです。頭がだんだん良くなる・・・ かもしれない・・・
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直方の商店街を街道は通っています。やっぱりここもちょっと寂しい感じがしますねえ。
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この建物は福岡銀行だったかな。きれいですね。
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直方から進むには遠賀川を渡らなければなりません。この大銀杏の先に渡し場があったそうです。渡船場となっているので、船でわたったようです。
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私たちは船賃がないので、長ーい日の出大橋を渡りました。笑 橋の途中から見る大銀杏です。
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街道は県道73号線を通っていますが、歩道もなく交通量も多く、命がいくつあっても足りません。ので、河原を歩きました。こんな花がいっぱい咲いているのですが、何の花かなあ・・・ コシオガマの黄色版って感じで、葉っぱを触るとベタベタします。
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感田駅の近くには、こんな案内が。
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そして、島原藩士のお墓がありました。柴田丹兵衛という武士で、遠賀川が増水している時に道を探すために瀬を渡っていて流され、遺体がこの感田に流れ着いたとか。
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所々レンゲ畑が広がっています。思いだすのは幼い日のこと・・・
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ようやく木屋瀬宿にはいってきました。ここは街道の様子が良く残っていることで有名です。写真は西構口で、石積が残っています。
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追分石には 左飯塚道・右赤間道 と書いてあります。
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よく保存されている建物が多いですよ。
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今も使われている民家の中。
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手甲脚絆が似合いそう。
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彩色された鏝絵もきれいです。
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鎧戸もステキ。
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宿を出るとしばらくは面白みのない道を淡々と何キロも歩きます。こんな時が一番辛い。ようやく石坂にやってきました。今の石坂は長崎の人にとっては何でもない道だけど、昔は岩が露出した道で、殿様も姫様も籠を降りて歩いたそうです。
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登りあがると銀杏屋敷があります。ここは休憩所ですが下々の者は使えなかったとか。現代でよかったよ~ 私たちはここでお茶をおご馳走になりました。美味しかった~
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ここを過ぎるとまたもや何もないただの車道を何キロも歩きます。疲れたころ涼天満宮に着きました。ここは菅原道真を祀ってあり、境内にあった大松の下で旅人が涼をとったそうです。でも今は松はありません。
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ここにも長崎の人の謂れがあって、熊部新治郎と言う人が松の枝にお金を入れた袋をかけて忘れて、帰るときに再び立ち寄るとそのままあったそうで、お礼に鳥居を寄進したと書いてありました。長崎と聞くと他人事ではありません。昔からおちょこちょいだったのかなあ。
そしてまた、辛い道は続く。でも黒崎に近づくと道にはこんな標識が。
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そして古街道碑も。
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そしてついに今回の最大の見せ場である曲松の松並木にやってきました。600本もの松が310mに渡って立ち並んでいます。
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その中には江戸時代から生き抜いた松も3本あります。下の写真は昔の様子です。
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ここは一見の価値あり。さて、ここを抜けるといよいよ黒崎宿。
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陶板もあります。
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賑やかに案内しています。
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ここのアーケードは元気ですね。
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本来は川だったのかな。
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宿場図。
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あちこちに案内があります。
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本日は旅籠であった桜屋までで終了です。わずかに句碑が立つばかり。
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黒崎駅から車を置いた小竹まで列車で帰ります。本日はよく歩きました。
思えば遠くに来たもんだ~ ゴールまで後一回になりました。
本日のルート
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ゴールは近い
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宿場図
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by yamanosoyokaze | 2012-04-21 10:13 | 長崎街道
長崎街道を歩く⑨ うららかな道
内野宿~天道~阿恵~飯塚宿~小竹駅
歩行距離24.5km 行動時間7時間30分
マツさん ミーさん ISさん hirokoパパさん hirokoさん ぼん天棒さん そよかぜ

お家がますます遠くなる~ 日帰りで歩くのがだんだん困難になってきて、車で往復5~6時間かかります。ということは歩く時間が少なくなるということなのです。それで、今回はお泊りして二日間歩きます。目標は内野宿~飯塚宿~直方~木屋瀬宿~中間~黒崎宿です。さあ~がんばろ~!!

内野駅で待ち合わせです。ぼん天棒さんが乗ってくる列車を待つ間散策しました。すると…これは・・・ クサノオウみたい。ちょっと見菜の花に見えますので今まで見落としていたような気がします。
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皮膚病の一種である瘡(クサ)の優れた治療薬であることから、「瘡(クサ)の王」と呼ばれているとか。今回の街道歩きではあちこちで見かけましたから、けっこうあるのかもしれないですねえ。
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さて、全員集合して出発!
歩く道は、花の季節なのでスミレもたくさん咲いています。
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街道沿いには小さな祠がたくさんあります。これは将軍地蔵。謂れは書いてない・・・
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こちらは阿恵の老松神社。
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こういう古い神社には立派な彫り物が残っています。
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川の上流はあの冷水峠のある方向でしょうか。何故か胸キュンになるのでした。
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こちら豆田天満宮に行くには陸橋になった橋を登っていきます。
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何故って、下は国道なんですねえ~ 今回はこういう所が数カ所。
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そして、なんと!この天満宮は前方後円墳を削って作られていたのです。驚き!
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街道は今回もアチコチで寸断され、削られ、通行困難になっていました。この瀬戸の渡しもそうで、かなり戻らなければその場所を確認できませんでした。こんな路地を通って行きます。ちなみに左のお屋敷は船庄屋さんだったそうです。
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川とであったところが渡しで歩いて渡ったそうですが、面影はゼロ。
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街道が寸断され、ルート図をたどろうとするととんでもないことになることもしばしば。その度に身を削って難関を乗り越えるのでした。笑
さて、天道には造り酒屋さんがありました。ISさんは飲み物調達。笑
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そのISさんのおかげで、狛犬フェチが伝染しつつあり、この街道歩きの間に「狛ちゃん」と呼ぶようになりました~。笑 狛ちゃんもいろいろありますよ。
こちらは上海雑技団も顔負けの狛ちゃん。
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足のなが~いアメリカ狛ちゃん。
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サッカー狛ちゃん。
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はたまた木彫りの狛ちゃん。
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この楽市小学校の前にはこんな石碑が。「昔この道長崎街道 今あいさつ街道」と書いてあります。
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筑前六宿の一つ飯塚宿に入っていきました。宿場には構口が入り口と出口にあります。構口で旅人を取り締まったそうですが、今はその面影が残っている所はほとんどありません。
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宿場図です。
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こういうアーケード街はどこもすたれつつありますが、私は好きです。
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説明書きがありました。イベントもあっているようです。
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何気なく始めた街道歩きですが、おりしも・・・ なんですねえ。
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紀伊国屋さんの二階には時計もあって、ちょうど2時でからくりが開いていたのですが・・・
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もう一方の構口です。
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納祖八幡宮。
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ステキな彫像。
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古い建物が残っていて、雰囲気があります。
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このお家の鏝絵(こてえ)は立派でしたよ。
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こちらは炭鉱王と言われた伊藤伝衛門さんの豪邸跡。
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伊藤伝衛門さんのことはよく知らないけど、奥様の恋に奔放に生きた白蓮さんは知っているなあ・・・
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街を離れ、ハマダイコンの花が咲き乱れている遠賀川の河川敷を歩きます。
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キンポウゲもいっぱい。
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そして郡境石までやってきました。「是より北 鞍手郡」と書いてあります。
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小竹の町には お休み所? がありました。
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そして、この石碑・・・ ぐったり疲れた私たちには厳しいお言葉です。
「それ 人生は道に始まり 道に終わらねばならぬ 決して疲れてはならない」
お言葉なれど、よれよれだっす。
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と言うことで、本日の街道歩きは小竹駅で終わり。
明日は小竹駅から歩きます。
本日歩いた街道
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通ってきた宿場 
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下関のゴールまでは・・・
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by yamanosoyokaze | 2012-04-20 13:41 | 長崎街道