2012年3月7日 塚原宿~牛津宿

長崎街道を歩く⑤ 平坦な街道
武雄温泉駅~塚崎宿~北方宿~焼米宿~小田宿~牛津宿~牛津駅
ISさん マツさん ミッセルさん hirokoさん ぼん天棒さん そよかぜ
歩行距離26km 行動時間8時間

時間と経費節約のため、今回はマイカーに乗り合わせて武雄温泉駅に向かいました。だんだん出発地が遠くなるので、出発時間も遅くなりますねえ~ しかたないけどねえ。

今回は武雄温泉駅でhirokoさんと合流。そしてこれは歩いている途中でわかったことですが、途中でぼん天棒さんが待ち伏せをしてくれるそうです。上手く出会えるかなあ。

さあ、前回立ち寄った武雄温泉の楼門が見えるところから街道歩き続きの出発です。
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塚崎宿(武雄)には夢本陣という施設がありまして、当時の長崎街道の様子を見ることができます。
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佐賀県は焼き物の地だけあって、陶板でできている絵図は見ごたえがあります。きれいですねえ。
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全体図もあります。
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道にも陶板が埋め込んであります。
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街道はそれらしい雰囲気がのこっています。中でも鬼瓦や飾りは面白いものがたくさん。これは鳩かな。
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昔の国道は今の国道から一歩入った所が多く、道幅も狭いんですよね。
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こちら八並の石塔は、なんと曽我兄弟にゆかりがあるそうです。曽我兄弟といえば、源頼朝が富士の裾野で行った巻狩りに、父の敵である工藤裕経が参加していると知り、仇討をしたのが有名。でも、兄の十郎は死刑、弟は牢獄で病死したといいます。。兄の許嫁であった虎御前は髪をおとし尼さんになって兄弟を供養し、てこの地にもきて供養のためにこの石塔を建てたそうです。なんと、鎌倉時代の話しでありますねえ~ すごい。
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街中を抜けて行くと六地蔵が合祀ってありました。地蔵には 地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人間道・天上道と記してありました。自分はどの道にいるのか考える面々でしたが・・・ 私はワンコといっしょのレベルかなあ・・・ しょんぼり・・・
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閻魔坂というにはなだらかな坂を下ると閻魔大王の石碑があります。う~ん閻魔様がこんなに愉快な人だったらいいなあ。
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物見やぐらにカチガラス(カササギ)の巣がありました。カラスよりも一回り小さく、白も入っているので、可愛い感じの鳥です。
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これは火除地蔵。てっきり 上の傘が日除けだから・・・ と思った方もおられたようで~
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北方の八幡神社に立ち寄ってちょっと一休み。
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こちらは北方の本陣跡です。
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途中の廃屋の外にあった大金庫。ここは元は大邸宅だったのかもしれません。何かで開かずの金庫を開けるという番組がありましたが・・・ これもお宝かな。
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こんなものが着いていました。大阪で作られたんだねえ。
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信号待っている時に、地元のおじ様から そんな所で待っていては邪魔! と叱られて、怖かったのでそそくさと渡ったのが間違いの元。十三塚に行く街道を外れてしまいました。とちゅうちょっと捜索。やっと元の道に修正してやれやれ。造花が飾られているのが十三塚ですが、十五はあるような。
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先ほどとは違う怖い閻魔さまもいたりして~
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お腹もすいてきたので、海童神社でお弁当。マッスルさんここにも豊玉姫様がいましたよ。笑
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これは福母地蔵で佐賀では一番古い石板の地蔵だそうです。
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大町にはヤスマキと呼ばれる所ががあります。
ヤスマキとは「夜酒幕」のことと伝えられていて、現在の山内町の黒髪山に巣くう妖怪を退治しにやってきた鎮西八郎源為朝に、妖怪に悩まされていた住民が感謝の酒を献上したところ、為朝は大変喜んでこの地に幕を張り酒宴を催したことからヤスマキと呼ばれるようになったと言われているようです。
写真はヤスマキの地にある石仏。
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こちらは国の重要文化財となっている土井家。ただいま補修中でした。
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土井家を過ぎると横辺代官所跡があります。いまは建物はなく大きなムクノキと石垣があるばかりです。
享和元年(1801年)に藩主鍋島治茂氏が大庄屋を廃止し、その代わりに作ったもので、県内では上佐嘉、与賀、神埼、三根養父、白石、横辺田、皿山の7カ所に設けられ、組織は代官のほか28人で構成され、年貢の取立て、土木、整備など民政を一手に引き受けていたそうです。
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次々に現れる史跡に足が止まります。ぼん天棒さんが待っているのに・・・ と気はせくのですが。
小田宿に入ると、シーボルトも見たという大きな楠があります。そのころは馬頭観音が刻印されていたそうですが、焼失していまはありません。
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このころ、街道を歩いていると知った地元の男性が、ぜひ見てほしい所があると案内してくださいました。そこは岩見屋という屋号の個人のお宅。そこの庭が素晴らしいからと、わざわざ家人を呼び出してくれて庭を見せていただきました。
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おまけにシーボルトたちが立ち寄った時に、薬の使用を伝授されたとかで、そのころ使っていた薬タンスも見せてくださいました。
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女主人は滞ることなく説明をしてくださいます。まだまだ続きそうで、もう少し居たらお茶も出てきそうな気配に、慌てておいとましました。ありがとうございました。
案内してくれた男性は途中までついてきて、更にいろいろ説明をしてくださいました。ご親切に感謝です。
この小田宿は長崎街道を大事にしているようで、町中そんな雰囲気がしました。この橋のことも、通りがかりのおじいちゃんが 車がぶつかって欠けてしまった と残念がっていました。
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佐賀藩では恵比須信仰が盛んだったようで、アチコチにその跡があります。こちらも~
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今では信じられないけど、小田宿も船による交易がさかんだったようです。
しばらく歩くと、遠くから手を振っている方がいます。ぼん天棒さんです。お待たせしました~ 長い時間待ってくださっていたようで、本当に申し訳ありませんでした。楽しいぼん天棒さんも加わり、さらに賑やかに行列は歩き出しました。
牛津にちかくなるとカンカン石という岩があります。叩くとカンカンと金属のような音がします。サヌカイトというそうですよ。
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こちらのえびすさんには思わず笑いが出ました。
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牛津もこれまた今では信じられませんが、港があり大いに栄えた場所のようです。
本日もたくさん歩きましたので、今日は牛津駅までとします。
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ぼん天棒さん、わざわざ本当にありがとうございました。差し入れもみんなで美味しくいただきました~
またご一緒できますように!
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本日は平坦ながら見どころ満載で足が進まず。でもhirokoさんやぼん天棒さんがたと楽しく歩けたのが何よりでした。
本日のルート
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小倉まではまだまだだ~
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現在のたどり着いた宿場はここ
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by yamanosoyokaze | 2012-03-08 11:04 | 長崎街道